第1話 独りぼっち

文字数 1,410文字

 すべてが白黒に見える。寂しさと孤独に苛まれた彼女の世界からは、色が失われた。


 羨望の眼差しを、藤野深雪は向けている。

 教室という同じ空間のいたるところには、楽しそうに笑うクラスメイトの姿がある。授業内容に関する話や昨日観たテレビの話など、聞こえてくる声は様々だ。

 高校入学から間もなく2ヶ月だというのに、深雪は未だクラスに馴染めずにいた。

 桜が散って5月になり、もうすぐ6月がやってくる。クラスの女子はすでにグループが形成されているが、深雪だけが独りぼっちだった。

 声を発するのは授業で当てられた時か事務的な用で誰かと話す時だけで、何もなければ学校で一言も口を開かない時だってある。そんな毎日が続いていた。

「しんどい……」

 呟きは賑やかな声にかき消される。深雪は俯き、机に視線を落とす。

 こんな高校生活を望んだわけではなかった。

 深雪は知り合いが誰もいない高校を選んだ。理由は目に見える世界をもっと広げたいと思ったからだ。だから受験勉強には熱が入ったし、この学校に合格した時は本当に嬉しかった。

 それなのに今、深雪は日々に絶望している。友達が一人もいないからだ。

 座席の前後左右は男子に囲まれていて、同性と話す機会は早々に失われた。だからといって男子と話すわけでもなかった。

 もともと人見知りで、自ら話しかけるのは苦手だった。周囲の男子達も大人しいタイプで、常に席で静かに過ごしている。そうして深雪を含め、自然とクラスメイトとの交流が少ない空間が生まれていた。

 だからといって同性の中で孤立するのは嫌で、せめて朝の挨拶は心がけた。勇気を出して「おはよう」と声をかければ、みんなが挨拶を返してくれた。

 しかし、それでも友達ができるわけではなかった。

 昼休みは一番苦痛だった。座席で独りで食べるお弁当は味がしない。周りの女子生徒は、みんな誰かと楽しげに会話をしながらお弁当を食べていた。

 入学してから数日は座席でぽつんと食べていたが、そのうち深雪はトイレでお弁当を食べるようになった。虚しくはなるが、トイレの個室は孤独に優しかった。

 本当ならお弁当は誰かと食べたいし、他愛のない話で笑いたい。人の輪に入っていくことのできない自分が、嫌で嫌で仕方なかった。

 昼食後は校舎を1周し、教室に戻ってきたら机に突っ伏してやり過ごすのが常だった。独りでも平気なふりをして、日々の昼休みをやり過ごした。

 無視されているわけではない。ただ、クラスには馴染めていない。こんな自分を周りと比較してしまうと、惨め以外の言葉が浮かんでこなかった。

 もし人見知りでも口下手でもなく、自分の殻を破ることができたなら、今頃は友達ができていたのかもしれない。そう考えると自らを責めるようになり、次第に深雪は授業すら手につかなくなった。

 授業中には涙で視界が滲むこともあった。髪の毛が隠してくれたので周囲に気づかれることはなかったが、少しずつ確実に心は暗闇の中に堕ちていった。

 不意に聞こえてきた、一際大きなクラスメイトの声に反射的に顔を上げる。どうやら教卓に集まっていた女子生徒のうちの一人が、紙パックのジュースを盛大に溢してしまったらしい。

 近くにいた彼女の友人達が、慌ててポケットティッシュやら箱ティッシュを持ち寄って濡れた教卓を拭いている。そんな光景さえも、今の深雪にとっては眩しいものだった。

「独りは寂しい」

 孤独な声が誰かに届くことはなかった。
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