第20話 Kの視点①
文字数 1,569文字
それはほとんど無意識だった。
「さっきから溜息吐きすぎだろ」
聞こえてきた友人の声に、川瀬は隣を見る。
「そんなに吐いてた?」
「廊下に出てから軽く5回はな」
友人――斎木創太の言葉に、川瀬は小さく「マジか」と呟いた。
朝に相談室を訪れ、深雪から面談の結果を聞いたその日の昼休み、川瀬は騒がしい廊下を斎木と歩いていた。二人はそれぞれ週末課題で提出した現代文のワークを腕に抱えており、今し方職員室で担当教員からクラスの提出分を返却されたところだった。
国語の学習係。それが川瀬と斎木のクラスでの役割だ。担当教員から指示された提出物を集めて職員室まで持っていったり、返却の指示があればそれを教室まで運んでいくというのが主な仕事内容だ。学習係は各教科にいて、教科によって差異はあるものの、やることは大体同じである。
4限目の授業終了後、放送でワーク返却の呼び出しを受けた。そのため深雪には特別連絡は入れていない。同じ放送を耳にしたであろう彼女も、この時間は恐らく自分が相談室を訪れることはないと理解していることだろう。
「時間が経つにつれて、余計なこと言っちゃったかなって自己嫌悪がさ」
はぁ……と川瀬はまた溜息を吐いた。
朝の相談室で、深雪に教室復帰を持ちかけた。それは時間が経過すればするほど、彼女に対して無責任な発言だったのではないかと川瀬は思い始めていた。
「まぁ、余計なことと言えばそうだったかもな」
並んで歩く斎木がそう言った。
すでに今朝のことは斎木に話してある。返ってきた友人の声に、川瀬は「だよなぁ」と零す。
教室までの道すがら、すれ違うほかの生徒達は楽しげに会話をしたり、ふざけ合っている様子が見受けられた。そんな彼らも表面上とは裏腹に、何かしらの悩みを抱えているのかもしれない。人の心など、見かけだけではわからない。
「とはいえ、彼女にとっては教室に戻るためのきっかけにはなったんじゃないか? クラスメイトの誰か一人でも味方がいるなら、それだけで心強いだろうさ」
言って斎木は続ける。
「ほかのクラスの奴から聞いたんだけど、藤野さん以外にもいるみたいだよ。教室に来てない奴」
「そうなのか?」
川瀬の言葉に斎木はこくりと頷くと、再び口を開いた。
「2組には教室に来ていない奴が二人いるって。一人は女子で詳しくは知らないが、副担任から何か注意を受けて“帰れ”って言われたら本当に帰ったらしい。反抗もあるんだろうな。それからずっと学校には来ていないそうだ」
「もう一人は?」
「男子だってさ。こっちは藤野さんと同じでどうやらクラスに馴染めなかったらしい。そいつは今年度はクラスに復帰しないで、大人しく留年することにしたって」
「そうしてでも今のクラスにはいたくないってことか」
留年は深雪の選択肢にはなかったものだ。そんな道もあるのかと川瀬は思った。
職員室がある2階から教室がある1階へと階段を下っていく。ワークはそれほど分厚くも重たくもないので、川瀬達は危なげなく1階の床に足をつけた。
教室に着くと、クラスメイト達が自由に昼休みを過ごしていた。その中でも目を引いたのが、教卓の前で机を向かい合わせている女子達だ。知る限り、彼女達は普段から仲がいいわけではない。ただ席が近いという理由だけで、入学当初から昼食時は机を並べて昼休みを過ごすという、それだけの関係のようだった。
恐らく、彼女達にとってそれは独りにならないための手段なのだろう。普段は行動をともにしていなくとも、入学当初の延長線で昼休みは席の近い者同士で集まり、関係を切らないようにする。見ている限り、普段の友人関係が拗れた際の避難先を確保しているような、そんな感じがした。
決してそれが悪いわけではない。ただ、群れていないと安心できないという感覚が、川瀬としては気持ちが悪いだけだ。
「さっきから溜息吐きすぎだろ」
聞こえてきた友人の声に、川瀬は隣を見る。
「そんなに吐いてた?」
「廊下に出てから軽く5回はな」
友人――斎木創太の言葉に、川瀬は小さく「マジか」と呟いた。
朝に相談室を訪れ、深雪から面談の結果を聞いたその日の昼休み、川瀬は騒がしい廊下を斎木と歩いていた。二人はそれぞれ週末課題で提出した現代文のワークを腕に抱えており、今し方職員室で担当教員からクラスの提出分を返却されたところだった。
国語の学習係。それが川瀬と斎木のクラスでの役割だ。担当教員から指示された提出物を集めて職員室まで持っていったり、返却の指示があればそれを教室まで運んでいくというのが主な仕事内容だ。学習係は各教科にいて、教科によって差異はあるものの、やることは大体同じである。
4限目の授業終了後、放送でワーク返却の呼び出しを受けた。そのため深雪には特別連絡は入れていない。同じ放送を耳にしたであろう彼女も、この時間は恐らく自分が相談室を訪れることはないと理解していることだろう。
「時間が経つにつれて、余計なこと言っちゃったかなって自己嫌悪がさ」
はぁ……と川瀬はまた溜息を吐いた。
朝の相談室で、深雪に教室復帰を持ちかけた。それは時間が経過すればするほど、彼女に対して無責任な発言だったのではないかと川瀬は思い始めていた。
「まぁ、余計なことと言えばそうだったかもな」
並んで歩く斎木がそう言った。
すでに今朝のことは斎木に話してある。返ってきた友人の声に、川瀬は「だよなぁ」と零す。
教室までの道すがら、すれ違うほかの生徒達は楽しげに会話をしたり、ふざけ合っている様子が見受けられた。そんな彼らも表面上とは裏腹に、何かしらの悩みを抱えているのかもしれない。人の心など、見かけだけではわからない。
「とはいえ、彼女にとっては教室に戻るためのきっかけにはなったんじゃないか? クラスメイトの誰か一人でも味方がいるなら、それだけで心強いだろうさ」
言って斎木は続ける。
「ほかのクラスの奴から聞いたんだけど、藤野さん以外にもいるみたいだよ。教室に来てない奴」
「そうなのか?」
川瀬の言葉に斎木はこくりと頷くと、再び口を開いた。
「2組には教室に来ていない奴が二人いるって。一人は女子で詳しくは知らないが、副担任から何か注意を受けて“帰れ”って言われたら本当に帰ったらしい。反抗もあるんだろうな。それからずっと学校には来ていないそうだ」
「もう一人は?」
「男子だってさ。こっちは藤野さんと同じでどうやらクラスに馴染めなかったらしい。そいつは今年度はクラスに復帰しないで、大人しく留年することにしたって」
「そうしてでも今のクラスにはいたくないってことか」
留年は深雪の選択肢にはなかったものだ。そんな道もあるのかと川瀬は思った。
職員室がある2階から教室がある1階へと階段を下っていく。ワークはそれほど分厚くも重たくもないので、川瀬達は危なげなく1階の床に足をつけた。
教室に着くと、クラスメイト達が自由に昼休みを過ごしていた。その中でも目を引いたのが、教卓の前で机を向かい合わせている女子達だ。知る限り、彼女達は普段から仲がいいわけではない。ただ席が近いという理由だけで、入学当初から昼食時は机を並べて昼休みを過ごすという、それだけの関係のようだった。
恐らく、彼女達にとってそれは独りにならないための手段なのだろう。普段は行動をともにしていなくとも、入学当初の延長線で昼休みは席の近い者同士で集まり、関係を切らないようにする。見ている限り、普段の友人関係が拗れた際の避難先を確保しているような、そんな感じがした。
決してそれが悪いわけではない。ただ、群れていないと安心できないという感覚が、川瀬としては気持ちが悪いだけだ。