第5話

文字数 1,952文字

 咲き残る桜のもと、新学年としての日々が始まり、一週間経った。
 この4月から同じ高校に上がってきた妹が、まだコスプレくさく見える新品の制服で、麻人の前を歩いている。最初の3日は、道を中学の方に曲がりかけてあわてて戻ってきていたが、週も後半になると堂々としたものだ。
 そんな妹を見るたびに、麻人の中に「中3でした」と言った夢香の姿がよみがえった。
 あれから夢香は、一度も、麻人の前には現れなかった。あのとき目の前から消えたのが、いわゆる成仏というものなのか、それとも本当の消滅なのか、麻人には分からなかった。もしくは、最初から最後まで幻覚で、その幻覚が解けたのか――それならいっそそのほうがいいと、麻人は思った。
 先に歩いていた妹が、高校に続く道の最後の角を曲がる。麻人がそれに続いたとき、彼女が「あっ」と言って、大きく手を振った。友達の背を見つけたようだ。ここから先、妹のお守りはしなくていいらしい、と麻人が考えたそのとき、妹の大きな声が耳に飛び込んできた。

「おはよー! 夢香ちゃーん!」

 麻人ははっとした。妹に肩を叩かれて振り向きかける、友達の横顔が見えた。髪は、ふわふわセミロングのツインテール――。
 とっさに、麻人は走り出していた。あっという間に駆け寄って、ふたりの前に回り込む。驚いたふたりが立ち止まり、麻人がその友達の顔をのぞきこんだ瞬間、声が上がった。
「あーっ、先輩!」
 麻人はバカみたいに口を開けて、固まった。妹が、「え。知りあい?」と目をぱちくりさせた。
 やっぱり夢香だ。妹と同じく新しい制服。どこからどう見ても、あの夢香。
「うれしー、ここで会えるなんて! この高校なのは知ってたんです、でも先輩のクラスが分からなくて。探してたんですよー」
「夢香……どういうことだ。何で……」
 声がかすれる。
 夢香は飼い主を出迎えた子犬のように身体中で大騒ぎするところだったが、どうもそういう雰囲気ではないと察したらしい。「えーっと、あーと……」と目を泳がせていたが、やがて、居直ったように言った。
「あのー、えーっと、佐藤先輩。改めまして先日は、デートありがとうございました」
 デート!?と目を丸くする妹の横で、夢香はぺこんと頭を下げる。
「挨拶はいいから説明しろよ。何がどうなってるんだよ!」
「や、あの、落ち着いて、先輩。あの、だから、えーと……ま、ここだけの話にしてくださいね。あの、あたし、幽体離脱能力者なんです」
「はああああ!?
 夢香はえへへと笑うと、霊体のときにやっていたように、肩をゆすり始めた。
「すごいでしょー。いいでしょー。先輩を好きになったあの日は、いつもは寝る前にやる離脱を、ヒマだったから早い時間にやってて♪ それからは、先輩のバイトの日は毎回離脱してのぞきに行って……えへへ、えへへ」
「……生身で来りゃいいだろ」
「え、でも毎回顔出したらストーカーだと思われるじゃないですか」
「霊体だってストーカーはストーカーだ! それに、デートの日も! 何でわざわざ霊体で来た!?
「それはフツーにデート代軽減のためですよ。霊体なら全部フリーパスだし。あとはほら、この世とあの世で引き裂かれたふたりな感じの方がムード出るじゃないですか♪ だからあのときは、幽体離脱だってこと隠していたかったんですよね……えへっ」
「……そういや思わせぶりに消えたよな?」
「あ、やだ。あれは演出とかじゃないですよ、ほんとにパワー消耗したんです。実際、あのあとしばらく、離脱できなくなりましたもん。だから、春休み中はコンビニにも行かなかったし――あっ、でもね、おかげさまで」
 黙り込む麻人の前で、夢香はにこにこと言葉を続ける。
「やっと最近調子が戻ってきて♪ だから、またお邪魔しちゃおうって思……」
「ふっざけんなーっっ!!!」
「きゃーん!」
 マンガのごとくカバンを振り回し始めた麻人の前で、夢香はぴょーんと飛び上がると、校門に向かって駆け出した。わけがわからないという顔で麻人と夢香を一瞬見比べた妹も、つられて走り出してしまう。
「きゃーん、きゃーん! やだやだやだ、あたし何にもしてません!」
「してるだろ! だましやがって!」
「だましてません! あたしは『霊体』とは言ったけど『死んだ』なんて一言も言ってません~! 追っかけないでください、あたしのこと好きっていったじゃないですか!」
「き、聞こえてて……いやっ、言ってない! 絶対言ってない!」

 巻き込まれた妹が「ちょっとー、何であたしまで走ってるのよー」とわめいている。
 知らない。知ったことか。走っていてもいいが、とりあえずどけ。
 麻人は邪魔な妹を追い抜き、夢香の腕をつかまえて引き寄せる。そして、現実に手の中に入った彼女のアタマを、思いっきりぐりぐりしてやった。
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