第4話 戻って来ないでよね。(最終回)

文字数 2,686文字

 本当に、ささやかな結婚式だった。
 婚姻届を出した後、素五井の友人のやっている小さなレストランで、三十人足らずの彼の友人達が簡単な料理と何杯かのアルコールで、しかも、皆の持ちよりでだった、挨拶と乾杯、談笑で短時間で、最後は皆の祝いの大合唱で終わった。
 しばらく時間がかかったのは、一つには二人の相性をよく確かめてという彼の友人達の助言と彼の心配からであった。それに、竹美は従った、従わざるをえなかった、従うことに支障もなかったから。
 もう一つは、二人が二人の生活を築き上げるのにかかった時間があった。彼は、サラリーマンとして働くとともに、小説家として、漫画家として、経済学者、投資家として・・・として働き、見切り品を探しながら、節約しながら、色々なことを楽しんでいた。それに、竹美は順応するのは早かったが、それが性合っている、合っていることに気が付いた、彼と共に協力して、協調してゆくことに、彼を助けていけるようになるまで時間がかかった。
 それと、彼が離婚で失った生活に関わる損失の回復に時間がかかり、同時に二人で普通に生活するまでに時間がかかってしまったこともある。最後の最後で彼女の罪悪感が、でたことにもよる。
 それでも、こんな結婚式?でも、彼女はホットし、幸福感を味わっていた。
「お久しぶり。」
「お互いに・・・。元気そうね。」
 竹美は、引きつる笑顔を浮かべながら、同様な顔の民華と同じテーブルについていた。竹美と素五井は、ささやかな結婚式の後、ささやかな新婚旅行にでることになっていた。結婚式の後、新婚旅行の前日は、一流ホテル、やや古い、のラウンジを仕える部屋の超安いプランで泊まるこになっていた。二人がカクテルタイムで、軽食とアルコールを飲んでいると、民華とその今夫と出会ってしまった。民華は、夫と離れ、二人のテーブルにやってきた。
"光が陰った・・・て感じ・・・かな?。"二人の感想はハーモニーしていた。
「幸せ?」
「ええ、幸せよ。あなたは?」
「幸せよ。私達二人ともね。あなたと同様にね。」
「訂正してね。私達、二人とも幸せよね。」
 素五井は、彼女の言葉に黙って頷いた。民華は、彼に皮肉な笑いを浮かべた。
「まあ・・・そう思っているのね。いいのよ。どんな生活をしているの?」
 素五井は黙ったままだったが、竹美は流れるように説明しだした。
 彼は、離婚で仕事も失ったが、新しい仕事に就き、小説、漫画、経済、歴史、投資、陶芸でささやかな収入を得つつ、家庭菜園を営み、家事も分担してくれている。彼女は、自分も働きつつ、彼のそちらの方のパートナーとしても貢献している。見切り品やセール、ポイントを計画的に考えながら、節約しつつも、それなりに豊かな生活を送り、老後の資金も含めて貯蓄を順調に進めている。これから本格的な妊活に入る。
「ねえ、夜の生活もばっちりよ。彼との夜の相性もぴったりなの、私ったら。だから、昼も夜も二人三脚でうまくいっているの。わかる?」
 誇らしげに話を締めた竹美に、民華は睨みつけて、
「本当にささやかね。見掛けどおり、私の知っている素五井と同じね。」
 彼女は、今夫の事業のこと、順調に拡大して、どれだけ社会に評価され、世界を駆け巡り、自分がそれに貢献していることを誇らしげに説明した。
「私達は、普通に、スイートの部屋で、このラウンジを利用しているのよ。安いプランで、ここを利用しているあなたとは、違うのよ。まあ、いつまで、そんなちんけなことに満足できるかしら?」
「それはあなたじゃない?戻って来ないでよね、私の、私達の幸せを邪魔になるから。」
「分かっているわよ。せいぜい骨まで絞って、しゃぶりつくしなさいね。」
 二人は、しばらくにらみ合った。かたわらで、素五井は平静を装いながら、手に持つシャンパンのグラスが微妙に揺れてしまっていた。
 しばらくして、睨みつけながらも、民華は立ち去った。
「気にしないでよ。私は、あなたにメロメロなんだから。身も心も、ね。」
と穏やかな表情で慰めるように言った竹美だったが、この直後、
「あいつの今夫の事業さあ、もうすぐ危なくなるんだよな・・・。」
と素五井はぽつりと言った。
「え、どうして?」
と彼女が問うと、初めは半分は彼の負け惜しみかと疑ったが、彼は世界経済の現状と過去の例から説明してくれた。彼女を納得させてしまう内容だった。それは、彼女は、鳥肌がたつくらいだった。
「まあ、過去の例と同様になるかはわからないし、彼は生き残ることもできるかもしれないよ。でも、しばらく苦しくなるなることは確かだし、生き残るためには、忍耐と努力が必要だし、少なくとも苦しい生活をしないといけないと思うよ。攻めに強いが、守りに弱い奴はいる、そういう奴が多い。」
 彼は最後にぼそっと言った。さらに、
「それに・・・。」
と付け加えた。後を言わなかったが、竹美にはわかるように思った。彼女の陰りだった。"あの男が、彼女だけをなんてないわよね。" 
 もう少しアルコールとデザートのフルーツを食べ終わってから、最後の紅茶を飲んだ。
「それで、彼女の今夫の事業が破綻して、どうしようもなくなった民華が、やってきたら・・・どうするの?」
とことさら無表情で尋ねてみた。彼は、いつもは見せない表情を彼女に見せた。
"?。初めて・・・。私の前で見せてくれたというのは?"
「子供を連れて?」
とだけ言ったが、その中には"僕の子供でもない、子供を連れて・・・、なんて我慢できないな・・・。"という意味があることが感じられた。
 その後、敢えて竹美は続けなかった。
「そろそろラストオーダになりますが。」
との声を機に、二人はラウンジを出て自分達の部屋に帰った。入ると、やおら竹美は素五井に抱きつき、唇を重ねて、舌を差し入れた。そのまま二人はベッドに倒れ込んだ。
 何度目かの絶叫を上げて、対面座位で快感の余韻を味わいながら、固く抱き合う中で、
「わ、私を捨てないでね。」
と耳元で囁いた。
"ああ、あたたを離したくないのよ。いいえ、離れたくないのよ~!"
「君が最高だよ。」
彼も耳元で囁いた。

 その後、素五井の予想は当たった。その経済の変動を利用して、素五井はそこそこの利益を得た、株の売買と外貨取引で。
 平均的な庶民のリビングのソファで、二人がぴったり寄り添いながら、テーブルを挟んだ反対側に子供と並んで、すがりつくような視線を向ける民華を見ることになったのは、さらにしばらく経ってからのことだった。
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