第1話 それに下手だしね。

文字数 1,987文字

 実羽素五井(みはね そごい)、27歳は、結婚してほぼ満2年だが、共働きの妻の長期出張中、それ以前も仕事のすれ違いでセックスレスが続いていたこともあり、妻のようなゴージャスな美人とは異なり、長身で、彼よりは低いが、いかにも温かい感じの美人と、たまたま出会った居酒屋で意気投合して、酒の酔いの勢いもあった、そのままラブホテルに、二人で行ったしまった。
 そして、全裸で組んずほぐれつの激しい営みの後、快感の余韻を楽しみながら、二人が睦言を楽しんでいた、その時、ドアが乱暴に開けられ、
「これは何よ!」
 声の主は、妻の民華(みか)だった。その後、
「この泥棒猫!」
「キャー!」
 女達の修羅場、どちらかというと妻が浮気相手の女の髪をつかみ引き回す一方的な展開だったが、そして、その後、素五井が二人を引き離した後、
「許さないわよ!離婚だからね!」
と妻は捨て台詞を残して去っていった。素五井は呆然と、へたり込むばかりで、気が付くと女もいなくなっていて、自分一人だった。
 その後、彼が家に帰ってみると、妻の荷物は何一つなく、彼名義の預金通帳すらもなくなっていた。そして、居間のテーブルに離婚届がおいてあった、彼がサインして押印するだけの。
 妻の側は一切の交渉は、弁護士、いかにも敏腕そうな、若い女性弁護士だつた、を通じて行うよう指示してきた。その弁護士に一方的に糾弾されるようにして、全ては彼に不利な方向に進んでいった。
 それが、数日後、状況は大きく変わった。実羽も、今後の交渉は、弁護士を通じて行うことを言ってよこしたからである。
 民華から、彼が弁護士を雇ったという情報は、その前日彼女の弁護士に伝えられていたが、彼女は、
「全うな弁護士なら、元ご主人を叱りつけてくれるでしょうから心配はいりませんよ。そうでない金目当ての屑弁護士相手なら、かえつて、闘志が湧きますよ!“対決”を楽しみにしてますよ!叩き伏してやりますよ。」
とカラカラと笑い、意気軒昂だった。
 だが、当日、彼女は、その相手の弁護士との初“対決”で、気後れしていた。相手は、いかにも有能そうな、しかも全てがスマートとしかいいようのない黒人の若い女性だったからだ。事前に、そのことを、依頼人から情報を受け取っていたから、少しは心に余裕があったと言えるが。
「このような要求をする、しかも自分は出てこない、日本人の男は、国際的に許せない存在ではありませんか?」
「何か誤解してませんか?」
 相手方の弁護士は、白い歯を見せて微笑んだ。
「?」
「私の父は、三代続いた江戸っ子だというのが自慢でした。そして、私は、4代目の江戸っ子であることに誇りを持っています!」
「あ、あくまでも、4代目の江戸っ子としてだけですよね?日本人ではなく。」
「は?日本人である江戸っ子の4代目です、私は。日本人でない、なんてありえませんよ。」
「江戸っ子は、明治維新で全て虐殺されたのですよ。それなのに。」
「それは、私の曽祖父、祖父、父、そして私への侮辱ですよ。それに、それは化石化されたデタラメ説ですよ。そんなことがあったら、パークス達が報告して、歴史に載りますよ。」
「は?」
 彼女は厳しい顔になり、
「そんなことも知りませんか?とにかく、私が代理として交渉するのも、この要求も、当然のことと、私は考えています!」
 慰謝料のことは除いて、双方の財産、口座にある金も含めて、財産分与上計算すること、元妻の胎内の子供の遺伝子、DNA鑑定を行い、2人の間の子供と確認されなければ養育費の要求は認めないということについてだった。元夫の理不尽な要求をやむなく受けたから、彼女の欧米感覚に訴えようとしたが、失敗するだけの結果にしかすぎなかった。
「女を守ることが、私達弁護士の役割ではありませんか?」
「は?意味が分かりませんね。弁護士は、依頼人の利益を第一にするものです。もちろん、真実と法に基づいてですが。」
 この後、元夫が浮気相手と関係を続けていることを指摘したが、軽く一蹴されだけでなく、彼女が元妻の友人であったこと、元妻の以前からの男性関係を指摘されてしまった。
「単なる友人関係ですよ!そのような邪推に・・・、日本人の男の感覚に従わないで下さい!」
 しかし、それも一蹴された。それでも、離婚交渉は全体的に問題ない方向で進んでいった。
 民華は、その前日六本木の高級喫茶店で、友人は会話していた。その友人の名は、山門竹実、彼女の元夫の浮気相手だった。
「情報、有難う。でも、無理はしないでよね。」
「私とあなたの仲じゃない。」
 彼女はその後、また偶然を装い、謝罪の言葉と同情を見せて近づいて、彼、実羽素五井と付き合っていた。
「あんなのに・・・ごめんなさいね。でも、まさか・・・。」
「大丈夫よ。あなたが一番わかっているでしょう?」
「そうよね。あっちも下手だもんね。」
女達は、大笑いした。
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