第4話

文字数 1,290文字

「怜奈が帰って来ないかもしれないと思って、お母さん、本当に怖かった」

帰り道、お母さんは何度もあたしに言って、手をつないで歩いた。

ちょっとだけ歩けるようになったばかりの妹が、ヨロヨロと近づいてきて、あたしの足にしがみついてきた。

妹を、初めてかわいいと思って抱きしめた。

その日の夕食に、お母さんはあたしの好きなコーンポタージュを出してくれた。

スプーンですくって、一口飲む。
温かい、ちょっと甘いものが口の中に広がる。

…なんだ。
あたし、ここにいて、いいんだ。
…いいんだよね?

そう思ったとき、また、涙があふれてきて止まらなかった。

「怜奈?大丈夫?怖いこと、思い出しちゃった?」

お母さんがまた、あたしを包み込んだ。

今日だけでもいい。
ここで、思いきり泣こう。

類。
きっとそう思えたのは、類のおかげだ。


一人で山に入ったことは叱られたけれど、それは類も一緒だったし、学校でも、類を助けたことが噂になって、時々立候補するものに通るようになった。


みんながあたしを認め始めてくれた。

類はやっぱり、あたしを救ってくれる人なんだ。
類を、大切にしよう。
その思いは、どんどん強くなっていった。




5年生になって、ますます嬉しいことが起きた。
あずみとクラスが離れたのだ。
おまけに類とは一緒!

類は相変わらずあずみといっしょにいることが多かったけれど、クラスの中まではさすがに来ない。

休み時間も、類に一番に駆け寄った。

類はだいたい絵を描いて過ごす。
「ねえ、類!あたしの顔、描いて!」
思いつきで言ってみて良かった。
「いいよ」と言って類は描き始めた。
机を挟んで、類のことを見る。
類も、あたしのことを見ている。

ものすごく、ドキドキした。

「ねえ、怜奈…気になってたんだけどさ、山の中で、僕を探してた時、何か言った?」

「…えっ?……何か、って?」

「ううん、僕の聞き違いかも」

「…何て聞こえたの?」

「…『助けて』って…」

「…い、言ってないよ!」


そう言って、下を向いてしまった。
これじゃあ、ウソだってバレバレだ。

「それなら良かったけど…大丈夫?」

「大丈夫っ!」

類が、微笑んだ。
初めて、あたしに微笑んでくれた。

ああ、いいなぁ。


あずみといるときの類は、いつもあずみに微笑んでいた。

いつも、遠くから見てうらやましかった。

類が、あたしのことを心配してくれていた。
それが嬉しい。


みんながあたしを認めていてくれたのは、4年生が終わるまでだった。
クラス替えがあってからはまた、女子からは特に嫌われた。

埋まりかけていた心の穴にまた風が吹くようになった。


それでも、類がいた。
あずみのいないクラスでは、類を独占できた。


ただ、この頃から町が、荒みはじめた。

この町の目玉だった遊園地が経営難となり、親が観光関連の仕事に就いていた子たちは町を出ていった。

子どもが大幅に減ったせいで、6年でまたクラス替えがあった。


最悪。

いや、類とは一緒だから最悪ではないけど、すごく嫌だ。
あずみとまた同じクラス。

もうすぐ夏休み。
そしたらまた、類はあずみとばかり会うのだろう。

嫌だ。

4年生の時とは違う。
あたしと類にだって、二人の時間の積み重ねがあるんだ。

類を、渡したくはなかった。





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