第1話

文字数 734文字

 母は私を産むために、とびきり優秀な精子を外国で買った。針のない注射器に入った精液を、自分の中にチューっと注ぎ込んだという。
 母が利用した精子バンクは、清潔で、おしゃれで、居心地がよく、素敵な飲み物を飲みながら、分厚いカタログからどの精子を買うか選ぶことができた。カタログには、ドナー情報がズラリと並んでいる。人種、年齢、髪と目の色、身長、体重、病歴、学歴、IQ、スポーツの実績などなど。支払う料金によって、見ることのできるドナー情報の範囲に違いがあり、料金をたくさん払えば払うほど、条件の良いドナーを選ぶことができた。母は迷いなく、一番高い料金を払った。
 母は長い時間カタログを眺め、全てのドナー情報を吟味して、ようやく一人のドナーを選び出した。
 アジア人で、大きな病歴も無く健康、高IQを持ち、スラリとした長身でスポーツ万能、特にサッカーで優秀な成績を収めた、二十代の男性。それが私の「父親」だった。決め手は、MITの博士号を取っていたことだ。その学歴なら自分に釣り合うと、母は確信した。
 精子バンクの所長は、豊かな口髭を蓄えた知的な年配の白人男性で、母の選んだドナーを見て、ニッコリと笑った。
「このドナーを選ばれるとは、お目が高いですね。アジア人なのでこの国だと一番人気にはなれませんが、このバンクの中でも最高ランクのドナーです」
 母はその言葉にとても満足した。やはり自分の選択には間違いが無いのだと、誇らしく思った。
 母はこの話を、私に何度も話して聞かせた。そしていつも、同じ言葉で締めくくる。
「あなたは特別な子なのよ、ひかり」
 その言葉はシロップのように甘く、重く、アイスティーの中で透明なもやがコップの底に静かに沈澱していくように、私の中に溜まっていった。
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