第4話 2022年7月某日②

文字数 2,123文字

 自室に引きこもり、家族との接触もほぼ絶った。二日目は朝から高熱で何もやる気が起きない。電話をする気力が戻ったときはすでに夕刻だった。日曜日ということもあり、自治体の電話対応も鈍い。そんな状態でPCR検査が可能な近隣の医療機関を聞き出したが、やはり本日の検査は終了だとの返答。前の勤務先の救急外来に頼み込むような真似はしない。何しろそこまでの緊急性はないから。仕方がないので三日目となる翌朝、自分で運転して検査を受けにでかけた。問診で職業を知られる。多分二年前なら後ろめたさがあっただろうが、もう関係ない。むしろお疲れさまと労われる。もし病院勤務のままだと、さらに恥ずかしい気持ちになったかもしれない。職場に結果を報告し、スタッフは皆抗原検査を実施する。俺の抜けた穴は皆でなんとかしてくれるらしい。おかげで休診をつくらずに済んだ。

 安心して自宅で寝ていると保健師さんから電話をいただく。ある程度想定していたが、知っている方だった。向うも知っている医療従事者に問診をするのはちょっとやりにくそうだ。糖尿病で内服加療中である俺は、基礎疾患あり、ということでホテル療養の対象になるそうだ。どんな暮らしなのか体験してみたい気持ちもあったが、貴重な自治体の資源を自分が使うのは申し訳ない気がしたので、止めておいた。もちろん症状がきつめだと自覚していたり、家族などの支援が受け難い場合は、遠慮せずホテルに出向いてほしい。

 発症三日目の午後。体温は三十七度台。咳は出るが食欲も十分。その中でスマホを使ってハーシスとココアの登録を行った。どっちもショートメールで送られて来たリンクから簡単に登録できたが、前日はそれすら面倒であった。やはり体調は悪かったのだろう。そして明日以降、一日一回、ハーシスに体温を登録せよ、とのこと。もっともキツイところは過ぎたからこそのハーシス対応、と考えれば納得ではある。ココアは、厚労省の接触者確認アプリというやつだが、自宅に引きこもりはじめた人間にはあまり意味はない。こちらの陽性情報が誰かの役にたった、のだろうか? そこはよくわからない。ちなみにハーシスは「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム」のことだ。問題のある回答を送信したら、おそらく保健師さんが電話をくれるのだろう。が、幸いにしてそれを確認することはなかった。

 そして四日目。もう自覚症状は咳だけだ。が、ここからが本当のコロナ暇だった。家族の気配がない時を見計らってトイレや風呂に行く以外は、部屋から出ない生活。みんなこんな真面目にやってないのではないかと思ってしまう。だから余計広がるんだろうな。そして有り難いことに、妻が食事は運んでくれた。ほんと、しゃべるのはこのときくらい。ホテル療養だったら、これもないんだよなあ、と思うと絶望的な気分になる。ネット空間も十分接する時間があるとむしろ魅力がなくなる。病院勤務の間もネットに飽きるほど接してはいなかったので、やはり仕事はしていたのだな、と実感する。そして夜中や早朝にキッチンに行き、食洗器をかけるという作業だけが俺の仕事になった。
 翌々日までには、家族が濃厚接触者としての立場から解放されていった。まだ夏休みに入っていなかった娘は学校へ。息子はあまり暮らしが変わらなかったが、夜には塾へ出掛けていった。俺はまだ半分。焦りと共に、引きこもりも悪くないとだんだん思い始めている自分もいる。これは危険だ……。




 十日目の夜。開放的な気分で、一人酒を飲む。明日から外に出る。楽しみだが、怖い。すぐにばててしまわないだろうか。それって新型コロナの後遺症ではないよね、普通に考えたら。じーっと部屋で過ごしていた、本来は健康だと思っていた大人。これは何らかの症状が出ます。それが普通の反応だな。

 幸い俺は心を病むことなく社会復帰にこぎつけた。が、これは十分影響の出る暮らしだ。軽症の入院患者がどう過ごしているかというと、防護服を着こんだ看護師さんと一日数回しゃべったり、血圧を測られたりはするが、基本はモニター画面を通しての会話だ。医師は患者の体を触りにはいかない。入院している意味は……。まあ、なかった、と最終的にいえる人も、慎重に入院で観察したからこその結果なのである。とでも思わないと、やってられません。診る方もね。中には不幸な転帰をたどるケースも当然あるので、必要なことだとは思うのだが。

 ということで俺は戦場に戻った。忙しいのは、望み通りである。検査すれば陽性、という人を今日も診ただろう。これだけ報道などで騒いでいるのに、いまだに「風邪」と「新型コロナウイルス」を相対する概念だと思っている方も多い。「風邪」と言われて安心するのは、いけませんぜ。こういう騙しのようなことを延々と繰り返してきた我々も罪作りなのだろうね。だから毎日のように、「症状から名付けた一般的な名称」と「症状の原因になりうる病原ウイルスの名前」の違いをいちいち説明するのは、償いの一つかもしれない。が、むなしいものである。報道や勉強って、役立ってないよね。この点では。さあ、明日も頑張ろう。もう俺は、コロナ暇ではないのである。

[了]
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