第9話 いつかこのお店を達也君と一緒に継がせて下さい
文字数 1,343文字
店長夫婦が帰って来たのは完成した直後だった。奥さんがケーキを包装してくれた。これだけはどう真似しても適わなかった。
「達也がアキラ君にこれ渡しといてくれ言うとったわ。」
そう言って渡されたのは二枚の手紙だった。達也君の字で一枚は、”アキラ君へ”、と、もう一枚は、“ゆかりちゃんへ”、とあった。そして裏は、それぞれ赤色とオレンジ色のシールで封印されていた。
夫婦はさっきまで達也君に会いに行っていたのだ。達也君は今病気で入院している。体調はあまり良くないという噂だ。
「ごめんなさい。達也君、もっと一緒にいて欲しかったんじゃないですか?」
「気にせんでええ。丁度入れ違いでお婆ちゃんが来てくれたさかい。それに、アキラ君と由香里ちゃんが結婚する言うたら、えらい喜んでなぁ、早よ帰ってこの手紙渡してくれ、言うて逆に急かされたわ。」
「アキラ、喜ぶと思います。」
「じゃあ、こいつも一緒に渡しといたってくれや。」
そう言って店長は大きな袋を取り出した。
「うちは元々パン屋やで。こいつはワシらからのお祝いや。アキラ君と由香里ちゃんにもよろしゅう言うといてくれ。」
「ありがとうございます。」
僕は深々とお辞儀しながら、前に店長に言った身の程知らずな言葉を思い浮かべていた。
いつかこのお店を達也君と一緒に継がせて下さい。
僕がケーキを担当して、達也君がパンを創る…。
あのとき店長はただ笑って何も答えなかったけれど、その笑顔はとても嬉しそうに見えた。
僕は信じている。今より僕は何倍も腕を上げ、そして達也君はまた元気になって戻ってきてくれると。
僕はパンのオレンジ色の袋と、ケーキの赤い包装とを大事に抱えて店を後にした。
時間は思ったより早かった。
慌てずに行こう。
せっかくの綺麗な包装を台無しにしてしまわないように。
それにしても店長も奥さんも達也君もみんなすごい。オレンジの袋と赤の包装、そしてオレンジと赤の封印。オレンジは由香里ちゃん、赤は兄ちゃんの色だ。あの家族には二人の色が見えるのだろうか?
兄ちゃんの赤はオレンジに、由香里ちゃんのオレンジは限り無く赤に近い。でも不思議とぜんぜん似ていない。
目蓋の裏に二つの色が美しく溶け合う家庭の姿が浮かんだ。きっと他には無い美しい色を紡ぎ出すのだろう。産まれてくる赤ん坊はどんな色を放つのだろう。意外と青だっりして。でもそれはそれで素敵だな…
坂の麓にやって来た。
あとはこの石段を上れば直ぐ公園だ。急いで来た甲斐があった。約束の時間にはまだ十分余裕がある。
僕は携帯電話を取り出すと、取り敢えずお母さんに電話を入れた。
「お父さん、大丈夫?」
「うん、心配ない。大丈夫よ。それよりお前こそ一人で大丈夫?」
「えっ…、う、うん、大丈夫。今日は遅いの?」
「うん。一応念のため二、三日入院するけど、大したことはないみたい。私は明日は帰るから、今日は悪いけど一人でご飯食べて。それより…、アキラ兄ちゃんとは連絡とれた?」
僕は兄ちゃんが思った通り公園にいたこと、ちょっと元気がなかったこと、お父さんの具合を心配していたこと、などを伝えた。でも、一番肝心なことは敢えて伝えなかった。今は伝えるべきではないと思った。
僕は早々に電話を切ると、最後の石段を上り始めた。
「達也がアキラ君にこれ渡しといてくれ言うとったわ。」
そう言って渡されたのは二枚の手紙だった。達也君の字で一枚は、”アキラ君へ”、と、もう一枚は、“ゆかりちゃんへ”、とあった。そして裏は、それぞれ赤色とオレンジ色のシールで封印されていた。
夫婦はさっきまで達也君に会いに行っていたのだ。達也君は今病気で入院している。体調はあまり良くないという噂だ。
「ごめんなさい。達也君、もっと一緒にいて欲しかったんじゃないですか?」
「気にせんでええ。丁度入れ違いでお婆ちゃんが来てくれたさかい。それに、アキラ君と由香里ちゃんが結婚する言うたら、えらい喜んでなぁ、早よ帰ってこの手紙渡してくれ、言うて逆に急かされたわ。」
「アキラ、喜ぶと思います。」
「じゃあ、こいつも一緒に渡しといたってくれや。」
そう言って店長は大きな袋を取り出した。
「うちは元々パン屋やで。こいつはワシらからのお祝いや。アキラ君と由香里ちゃんにもよろしゅう言うといてくれ。」
「ありがとうございます。」
僕は深々とお辞儀しながら、前に店長に言った身の程知らずな言葉を思い浮かべていた。
いつかこのお店を達也君と一緒に継がせて下さい。
僕がケーキを担当して、達也君がパンを創る…。
あのとき店長はただ笑って何も答えなかったけれど、その笑顔はとても嬉しそうに見えた。
僕は信じている。今より僕は何倍も腕を上げ、そして達也君はまた元気になって戻ってきてくれると。
僕はパンのオレンジ色の袋と、ケーキの赤い包装とを大事に抱えて店を後にした。
時間は思ったより早かった。
慌てずに行こう。
せっかくの綺麗な包装を台無しにしてしまわないように。
それにしても店長も奥さんも達也君もみんなすごい。オレンジの袋と赤の包装、そしてオレンジと赤の封印。オレンジは由香里ちゃん、赤は兄ちゃんの色だ。あの家族には二人の色が見えるのだろうか?
兄ちゃんの赤はオレンジに、由香里ちゃんのオレンジは限り無く赤に近い。でも不思議とぜんぜん似ていない。
目蓋の裏に二つの色が美しく溶け合う家庭の姿が浮かんだ。きっと他には無い美しい色を紡ぎ出すのだろう。産まれてくる赤ん坊はどんな色を放つのだろう。意外と青だっりして。でもそれはそれで素敵だな…
坂の麓にやって来た。
あとはこの石段を上れば直ぐ公園だ。急いで来た甲斐があった。約束の時間にはまだ十分余裕がある。
僕は携帯電話を取り出すと、取り敢えずお母さんに電話を入れた。
「お父さん、大丈夫?」
「うん、心配ない。大丈夫よ。それよりお前こそ一人で大丈夫?」
「えっ…、う、うん、大丈夫。今日は遅いの?」
「うん。一応念のため二、三日入院するけど、大したことはないみたい。私は明日は帰るから、今日は悪いけど一人でご飯食べて。それより…、アキラ兄ちゃんとは連絡とれた?」
僕は兄ちゃんが思った通り公園にいたこと、ちょっと元気がなかったこと、お父さんの具合を心配していたこと、などを伝えた。でも、一番肝心なことは敢えて伝えなかった。今は伝えるべきではないと思った。
僕は早々に電話を切ると、最後の石段を上り始めた。
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