第5話 当分会えなくなりそうだね
文字数 1,127文字
由香里ちゃんはとても可愛くて明るくて優しくて…、嫌なところを探すのが難しいくらいに素敵な子だ。大袈裟に言ってるんじゃない。由香里ちゃんみたいな子に好かれるアキラ兄ちゃんはすごいと思う。
本気で羨ましい。
でも、由香里ちゃんは世間では“フリョーショージョ”と呼ばれている。それもどうやら、スジガネイリ、とかいうらしい。どっちの意味もよく分からないし、あまり興味もないけれど。
ただ、いい意味でないのは分かる。なぜなら、大人たちが由香里ちゃんのことを“フリョーショージョ”と呼ぶとき、いつも声を潜めて話すから。大人が声を潜めて喋るとき、悪口しか言わないってことくらい、頭の悪い僕だって知っている。そして、由香里ちゃんがそう呼ばれるのは由香里ちゃんのせいじゃないってことも。
由香里ちゃんはとてもフクザツなカテーカンキョーで育った。まったく酷いカテーカンキョーなんだ。初めて兄ちゃんから話を聞いた時、あまりの酷さに、そんなことってあるんだ…、と思って泣いた。由香里ちゃんの笑顔が浮かんで泣いた。
本当だったらホンモノのひどい子になっているはずだ。それでも由香里ちゃんがホンモノにならずにあんなに素敵なのは、由香里ちゃんが根っからの良い子だからなんだ。
突然、丁度右の目尻の上辺りに由香里ちゃんの優しい笑顔が、匂いや色まで帯びて鮮やかに浮かび上がってきた。その像は本物の由香里ちゃん以上に生々しかったので、危うくのけぞって倒れそうになった。
そう頻繁にあるわけではないけれど、実は似たようなことは今までにも何度かあった。例えば動物園で見た虎が、学校に行く途中に突然目の前に現れて飛びかかってきたりとか…。それで泡吹いてひっくり返ったりとか…。大人たちのひそひそ話によると、僕はちょっとフツーではないらしい。フツー、がどういう意味かは知らないにしても。
でも、今度は倒れなかった。由香里ちゃんを見て倒れる馬鹿はこの世にいないし、いてはいけないのだ。
由香里ちゃんが、僕の頭の右斜め上辺りで微笑んでいる。その笑顔は僕までつられて笑いそうになるほど幸せに見えた。
僕は思った。
つらくてもこれだけは言わなくちゃいけない。
兄ちゃんの為だけじゃない。
由香里ちゃんの為にも。
「アキラ、結婚おめでとう…」
少し声が震えていた。
「アキラと由香里ちゃんに結婚のお祝いのプレゼントを渡したいんだ。でも、今夜二人とも行っちゃうんでしょ?そしたら、今日しか渡せないよね?夜7時にもう一度ここで会える?」
言えた。
でも、そのすぐ後に思わず漏れた言葉こそ僕の本音だった。
「当分会えなくなりそうだね…」
兄ちゃんは何も答えなかった。
僕は兄ちゃんともう一度会う約束を交わして別れた。
本気で羨ましい。
でも、由香里ちゃんは世間では“フリョーショージョ”と呼ばれている。それもどうやら、スジガネイリ、とかいうらしい。どっちの意味もよく分からないし、あまり興味もないけれど。
ただ、いい意味でないのは分かる。なぜなら、大人たちが由香里ちゃんのことを“フリョーショージョ”と呼ぶとき、いつも声を潜めて話すから。大人が声を潜めて喋るとき、悪口しか言わないってことくらい、頭の悪い僕だって知っている。そして、由香里ちゃんがそう呼ばれるのは由香里ちゃんのせいじゃないってことも。
由香里ちゃんはとてもフクザツなカテーカンキョーで育った。まったく酷いカテーカンキョーなんだ。初めて兄ちゃんから話を聞いた時、あまりの酷さに、そんなことってあるんだ…、と思って泣いた。由香里ちゃんの笑顔が浮かんで泣いた。
本当だったらホンモノのひどい子になっているはずだ。それでも由香里ちゃんがホンモノにならずにあんなに素敵なのは、由香里ちゃんが根っからの良い子だからなんだ。
突然、丁度右の目尻の上辺りに由香里ちゃんの優しい笑顔が、匂いや色まで帯びて鮮やかに浮かび上がってきた。その像は本物の由香里ちゃん以上に生々しかったので、危うくのけぞって倒れそうになった。
そう頻繁にあるわけではないけれど、実は似たようなことは今までにも何度かあった。例えば動物園で見た虎が、学校に行く途中に突然目の前に現れて飛びかかってきたりとか…。それで泡吹いてひっくり返ったりとか…。大人たちのひそひそ話によると、僕はちょっとフツーではないらしい。フツー、がどういう意味かは知らないにしても。
でも、今度は倒れなかった。由香里ちゃんを見て倒れる馬鹿はこの世にいないし、いてはいけないのだ。
由香里ちゃんが、僕の頭の右斜め上辺りで微笑んでいる。その笑顔は僕までつられて笑いそうになるほど幸せに見えた。
僕は思った。
つらくてもこれだけは言わなくちゃいけない。
兄ちゃんの為だけじゃない。
由香里ちゃんの為にも。
「アキラ、結婚おめでとう…」
少し声が震えていた。
「アキラと由香里ちゃんに結婚のお祝いのプレゼントを渡したいんだ。でも、今夜二人とも行っちゃうんでしょ?そしたら、今日しか渡せないよね?夜7時にもう一度ここで会える?」
言えた。
でも、そのすぐ後に思わず漏れた言葉こそ僕の本音だった。
「当分会えなくなりそうだね…」
兄ちゃんは何も答えなかった。
僕は兄ちゃんともう一度会う約束を交わして別れた。
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