第4話

文字数 2,199文字

   「翔太の時間」



くもりガラスが透けてきたってのは 夜明けの知らせ
部屋の電気をつけず 懐中電灯で手さげ袋をかきまわし確認する
シャツとパンツの着替えでしょ
財布とタオルに水筒 
星の砂を詰めた小瓶は 別ポケットにしまってる
二段の寝台のはしごをおりて ドアノブを回すとき 部屋をぐるんとみまわした
四人部屋なのに 今はぼくだけになった
でも自分らしさなんて なーんもない場所だな

きしむ板の廊下を しのび足で進む
玄関の引き戸まで あと五メートルくらいでかたまった
麦わら帽子 忘れた
このままなら突破できるけど やっぱ帽子は役にたつ
ゆーくり部屋に帰ってとりもどす
さっきみたいに 注意していこう
息をがまんしてドアを開いて「うわぁ」って尻もち
ノッポの教務先生が立っている 
ふくれっつらで ぼくをしつけるサメ先生だ
作戦は失敗
陽がのぼる前は宿直室にいて
見回りはまだ先のはずなのに

サメ先生はぼくの天敵でさ
罰をあたえて喜んで 血も涙もない人なんだ
一生ぼくは園にとらわれる
外出禁止どころか
本当に ナワにつながれ くらすことになる
先生はアゴをしゃくって ぼくの手さげ袋をみて
くちびるの端をあげた
これ サメの笑顔
めちゃくちゃ くやしくて みじめで
先生の胸のあたりをにらみつけた
「じっとして まて」
先生はくるりと背中をむける
じっとまて・・・どういう意味?
もう脱出できないのを見すかされて
バカみたいにつっ立ってたら
先生がハンカチに詰めた包みをもってきて
ぼくに渡し また口の端をあげていっちゃった
施設を脱出するの  みのがす・・・
うれしさ飛びこえて 頭がまっ白になっちゃう

玄関をでたとたんに「クーン」って鼻音がするから
ぼくは遊具の奥の犬小屋へ急いだ
「ぎゃわわん」って舌をだし
首輪に引っぱられたポン吉が 二本足で立ちあがる
手をかざすと お腹をみせて尻尾をふった
興奮すると オシッコ漏らすクセがある
ほんとにかわいい

ポン吉って
園で前に飼ってたオス犬の名前・・・
で この子も同じ名前の二代目
君はメスなんだよね
と話しかけたら ひっくり返ってはしゃぎ
遊ぼうと前足でたたいてぼくを誘った
この子は友達
そうだな  だから きゅうくつな首輪をはずしてあげる
ポン吉は吠えるのを忘れ なににして遊ぶのかまっている
「どうする ほら」
犬小屋が好きなら残っても
園庭を走っても かまわない 
ぼくに抱きつく?
ポン吉は遊びの種類がわからず
まっ黒な瞳でぼくをのぞく
「わんわん わわわん」と飛びあがり
ポン吉は庭をこえ 外の車道へかけぬけていった
すごいな 振りむかず一目散
つながれのはいやで 遠くへ走りたかったんだと感心して
でも ぜんぜん遊べず さみしい気持ちになった

ぼくは大げさに正門を開け
長く暮らした園と さよならする
いくあては  
とりあえずあるんだ
施設の裏山の頂上にいきたい

バスが通る本道から 山側のわき道にそれ
クヌギの細道をくぐる
とにかく登れば てっぺんにいけるでしょ
トタン小屋があって
段々ネギ畑のうねったあぜを渡る
面白そうな道をえらんでたら
どうやら くだもの畑にいるみたい
きみどり色の果物が ほうぼうになっている
これって  ナシ?
人さし指でつつくと ドスンと落ちた
ぼくはそいつをひろって かじりつく
みずみずしくてすっぱい あまい おいしい
裏山にお宝があるって 想像したとおりだよ

ナシ畑はおしまい
後もどりいやだし まっすぐいっちゃおう
草をかきわけ前進 
あれ ほんとにいき止まりになった
あきらめてくだろうとしたら「わんわん わわわん」って すごい鳴き声
ええー ポン吉 なんで?
君もこの山にいたんだ
ぼくをさがしたの それとも裏山に登ってみたかった? ぼくたち似てるね
肩をさすろうとしたら
「ぎゃわわん」ってはしゃいで お腹をみせる
両手でおもいっきりなでてあげたら
オシッコ漏らしちゃった
いいよ 誰もみてない

ポン吉は振り向きながら ぼくの先を走る
案内するつもりかな いっしょに冒険だ
わあ ひまわり畑 ぼくより背が高い
自然にいっぱい咲いてる
ポン吉 すごいね あっ 君の頭にトゲトゲの実が乗ってる
ぼくのズボンにも
あははっ いつのまにくっついたんだろうね

ポン吉と ごつごつの石階段で競争したり
棒を投げて遊んでいたら
あっけなく頂上に着いた

一周見わたせる ラムネ色のながめ
あのふもとの白い屋根は ぼくがいた施設 ちっぽけな建物だな
街がいくつかあって 川のむこうはレンガ造りの街がある
もっとむこうは でっかい海
おひさま まぶしいから お気に入りの帽子をかぶろう

お腹すいたなー キノコの生えた丸太にすわって お弁当を食べよう
ゴマ塩おにぎりが五つある サメ先生 わけわかんない
でも サメ先生っていうの やめた  ノッポ先生かな
ポン吉 君は卵焼もあげる
急いで食べるとノドつまらせるよ うまいでしょ
そんな はねないで ぼくのひざの上でおたべ
ごらんよ これからあっちの川の街にいこうか
そっちじゃなくて
銭湯のエントツが見えるほう
それとも灯台がある港
まだ汽船に乗ったことないんだよねー どう思う?
海がキラキラして気持ちいーね どこかの街に 星の砂をくれた人がいる
ポン吉が「ぎゃわわん」って吠えて返事する
トゲトゲの実を投げて背のびして
海の風で深呼吸したらゲップがでた
へんてこな音がおかしくて
ポン吉とぼくは ほほをあわせて笑った

                        「やさしい時間」   了


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