第2話

文字数 1,178文字

夏は夜。
《ペンギン・カフェ》のカウンターは
珍しく静けさに包まれています。

ペンギンの卵を模したボールランプの灯り
心地よく流れるジャズボサノバ 。

「まるでBARですね」
という『カウンターのタカフミさん』に
「ここBARだろ」
とようやくツッコミ返したのは
コック長のイチロウさん。

「そうでした」
タカフミさんは面白そうに笑うと
3人の前にペンギンコースターを並べ
ライムを添えたショートカクテルを置きました。
「あちらの方から
フローズンダイキリでございます」

「まるでBARでしょ?」

イチロウさんに続いて
ホールスタッフのミヨちゃんと
若き探偵時生君がカウンターの奥を見ると
マダムが黒猫のフクちゃんを撫でながら
ウフフと笑っています。

まずは時生君が
「ありがとうございます!いただきます!」
何かを祓うように一気に喉に流し込んで
盛大にむせ返りました。

イチロウさんは
「なんでもう一杯余分にあるんだよ?」
鋭くマダムに切り込みます。

「そうねぇ。もうすぐコレが必要な人が
ここに来るからかしら。
だからね、心配しなくて大丈夫よミヨちゃん」
マダムは更に艶然と微笑みます。

そのミヨちゃんは
なぜかしゃがんで逃げ出す真っ最中。
そのまま崩れ落ちて
「マダム、ごめんなさーい!」
と泣き出しました。と…

 ガゴンッ!!!

フクちゃんが毛を逆立てるのと同時に
店のドアは蹴破られたかの音をたてて開き
転がり込んで来たのは

「マダムッ!!オニッ!鬼がっ!
鬼がいるっ!ワタシ!ワタシの手っ…
呪われてっ…!はなっ、離れないっっ」

裸足で髪を振り乱して泣き叫ぶノリちゃん。
手には鱗鏡を握りしめています。

「あらあら大変」

マダムはちっとも大変じゃない風に
そう言うと
ヒョイッとノリちゃんの頭にフクちゃんを
放り上げて、更にパニックになった隙に
事もなげにフローズンダイキリを
彼女の喉に流し込みました。

クラッシュアイスの冷たさと
ライムの爽やかさとシロップの甘さに
包まれて、身体中の力が抜けていきます。

気づけば
鏡はマダムの手にそっと渡り
コック長の隣に魂が抜けたように座っている
自分がいました。

「ノリちゃんが自分で握りしめてただけよ」
子供をなだめるようなマダムのその言葉に
ノリちゃんは

「違うっ!!!」

自分でも驚くほどの力で否定していました。

「あれは絶対呪いの力ですっ!
だって!だって…鬼がいたの!本当よ!
眉間とか口の周りとか凄いシワで
なのに笑ってて。それがもう、笑ってるのに
怒ってて。私きっとこの鏡の鬼に呪われた!
どうしよう…。鏡をのぞいたから…」

どんどん項垂れて意固地になるノリちゃん。

その時、ふと包みこむ優しい声。
イチロウさんがこう言いました。
「信じるよ。俺」

「コック長…」
なんだかホッとして顔をあげたノリちゃんに
イチロウさんはこう言いました。
「だって目の前にいるからな」

イチロウさんの手には鱗鏡。


再び夜の街に
ノリちゃんの叫び声が響きわたりました。
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