第4話

文字数 1,158文字

「…この鬼が?鬼の私がカッコいい?」
ノリちゃんは
ミヨちゃんの言葉が消化出来ずに
ますます混乱してきました。

 オニハコワイダケデショウ?

「カッコいいよ」
不意にイチロウさんが言いました。
それはもう当然のように。

「そうですね…。カッコいいです」
時生君も考え考え言います。
「恐くて近寄れないけど…でも、
ノリさんが厨房でその顔で何かしてる時
ああ、なにか美味しいものが出来るんだなぁ
って少しワクワクして待ってる自分がいます」

「それ!私もそれ!」
ミヨちゃんがようやく浮き上がります。
「ノリさんが鬼の時って、
何か新しく美味しいもの作ってる時多い!
メッチャ恐くて近寄れないけど
すっごくワクワクして…
そんなに真剣になれるノリさんカッコいいよ」

 そうじゃない。
 私はいつもフンワリ優しくて
 美味しいものを作る時なんか特に
 キラキラして輝いていたいの…なのに

「ノリちゃん、皆んなはその姿が
キラキラ輝いてるって言ってるのよ」

心の声を聞かれたのか、漏れたのか、
マダムはゆっくりと口を開きました。

「普段自分の姿は自分では見る事ができない。
当たり前の事よね。
見る事が出来るのは周りの人だけ」

「なんか、当たり前の事だけど…
ちょっと怖いかも。
変な自分も見られてるってことですよね」
ミヨちゃんは急にソワソワします。

「そうねミヨちゃん。
でも、ミヨちゃんは『あのノリちゃん』を
『変だ』なんて思った事ないでしょ?」
マダムにフンワリ聞かれて
「え?だってあれがノリさんだし…。あれ?」

ミヨちゃんはいきなり目から鱗が落ちました。
「あ、そっか。
『変』って思ってるの自分だけなんだ」

ウフフと笑ってマダムは続けます。
「自分が嫌ってる自分の周りにいる人達はね、
その自分を受け入れてる人なの。
そうね…別の言い方をすると『許してる』
とも言えるわ。許してないのは自分だけ」

マダムはノリちゃんの手を取ると
そっと裏に返した鱗鏡を握らせました。
「人はね鏡を覗く時どうしても
理想の自分を装ってしまうの。
ありのままの自分を見るのが怖いのね。
でもこの鱗鏡は写した物の
『こうあってほしい』っていう
思い込みの鱗を取り除いてくれる。
この鏡で自分を写すのは本来とても危険な事
なのよ。気が狂った人も何人もいるわ。
でもね、ノリちゃんなら大丈夫。
本当は知っていたんでしょう?」

ノリちゃんはいつの間にか鱗鏡で
自分を見つめていました。
鬼のように険しく猛々しい自分。

それは昔の自分。
美味しいものを追い求めていた時のワタシ。
いつの頃からか
恐い顔して美味しいものができるはずがない
と言われて隠すようになったワタシ。

もちろん知ってる。

「もう許してあげたら?」
そうマダムに言われて出てきた言葉は

「ごめんね」
でした。

「ずっと知らんぷりしててごめんね。
ごめんね…許して…」

鱗鏡にはただボロボロと涙を流す
鬼の姿が映っていました。
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