二・鷹(1)

文字数 2,538文字

 富士山との結婚生活に不満があったわけではなかった。俺は妻のことを「人として」尊敬している。富士山の、付き合っている時から変わらない日本のシンボルとしての有り方や、静岡県と山梨県のどちらにも属さない中立性を維持する為の努力を心から好いている。

 しかしその好意はあくまで、「人として」の好意であり、「女性として」のそれではない。事実、富士山とのセックスレス状態はもう5年も続いている。富士山は性に関して淡泊なのでこうなることは結婚する前から容易に想像できていたし、覚悟した上で結婚した。浮気はするつもりはなかった。富士山と出会う前に散々女遊びはしたので、流石の自分ももう落ち着くだろうと高を括っていた。しかしそれは大きな誤算だった。結婚した後も俺の睾丸で変わらないペースで生産され続けた精子たちは、「おい、らしくねぇじゃねぇか。いつものように適当な女に跨って早いとこ俺たちをぶち込んでくれよ」と俺を囃し立てた。

 初めは富士山が樹海を枕に寝息を立てている横で自慰行為をして欲求を解消していたが、徐々に物足らなくなっていった。随分前に俺を「苛めてくれた」女体の感触が鮮明に蘇り、俺の欲求は破裂しそうな程膨らんでいた。

 鷹と出会ったのは丁度その頃だった。汗と共に性欲を排出してしまおうと足を運んだジムに、鷹はいた。

 翼で、マシーンの二枚の板を閉じたり開いたりする鷹の姿を一目見て、俺は富士山との結婚生活に極めて大きな危機が訪れることを予感した。スポーツブラに包まれた豊満な乳房の膨らみが、鷹が翼を開く度に揺れながら俺の眼球に映されたからだ。

 「これはマズい!」と鷹に背を向けてランニングマシーンで走り出したが、背後から鷹が使っているマシーンの動く音が聞こえて来る度に鷹の乳房の膨らみを思い出してしまった。その乳房の膨らみは容易に内側の釣り鐘型の乳房と先端の桃色の乳首を想像させ、揉んだ際の柔らかな感触までもありありと脳内に映した。さらに鷹の吐息も聞こえて来た。つい先ほど目に入った鷹の上気した顔とデコルテから胸にかけて流れた一筋の汗が思い起こされ、それが、自分が露わになった鷹の乳房を揉みしだいた時の反応として想像された。

 このままでは飲み込まれてしまうと思い、俺は自分の性欲を振り切る為に走る速度を上げた。しかしそれは寧ろ逆効果だった。自分の吐息が耳に響き始めた時、俺は鷹との行為を想像してしまった。ランニングのスピードと性器のピストン運動は完全にリンクしてしまい、自分が今まさに鷹とまぐわっているかのような錯覚に陥った。

 俺はマシーンを止めた。落ち着かなくてはと、ヨガマットが敷き詰められたストレッチ用のスペースに向かった。

 眼を瞑り、深呼吸をしながら体を伸ばしてゆくと、いくらか高揚した気持はなくなった。性器に集中していた血は筋肉が伸びるのと共に全身に均されていった。しかし俺は直ぐに自分がランニングマシーンから下りるだけではなくジムから出て行くべきだったのだと後悔した。いつの間にか目の前で鷹がこちらに尻を向けてストレッチをしているのである。

 レギンスを限界まで張らせる程の大きな尻と、肉付きのよい太もも、そしてどこかS気を感じさせる鋭い鉤爪によって、俺は成すすべなく、血を再び一カ所に集中してしまった。血が性器に集まったせいか、喉がどうしようもなく乾いた。喉は痙攣したかのように何度も唾を飲み込もうとし、その度に鳴った。既に性行為直前特有の緊張が始まっていた。

 鷹からの視線を感じた為思わず逸らそうとしたが、俺はその目線を再び前に向けなくてはならなくなった。何故なら鷹の視線がこちらに定まったまま動いていないことに気が付いていたからである。

 恐る恐る視線を戻すと、鷹が鷹自身の尻の向こうから覗き込むように体をよじりながら猛禽類特有の目で俺を見ていた。見ていたことを咎められるのかと身を縮み上がらせていると、鷹は嘴の端をニヤリと上げ、目を細めながら言った。

「ワザと見せているけど。この後、どうする?」

 気が付くと俺はジムの最寄りのラブホテルで鷹を抱いていた。そしてそれ以来、鷹との定期的に結ぶ肉体関係が続いている。


 駅で待っていた鷹は俺の車を見つけると翼を振った。俺は鷹を乗せてラブホテル街へ向かって発進させた。

 セーターによって形が出た乳房が、シートベルトによってさらに強調されている。組んだ脚のミニスカートから覗くタイツは、根本に向かう途中で途切れており、露わになった太ももの肉は手の届く距離にある。

「運転に集中したらぁ?」

 慌てて相手の顔を見ると、鷹はアイシャドウを塗った瞼の隙間から猛禽類特有の目でこちらを見ている。嘴に塗られた口紅の端が上がっている様子から、怒っているのではなく、俺を弄っているのが分かる。

「見てないよ」

 ぎこちなく顔を背けた俺に、

「ふ~ん」

 と鷹は体を近付け、

「じゃあ何されても運転に集中できる筈だよねぇ?」

 と言いながら吐いた息で俺の耳を擽った。背筋に快感が走り、思わず甘い声が出る。

「ホント敏感さんだねぇ。顔真っ赤だよ?」

 その言葉でますます俺の顔は暑くなる。俺は股間を太ももでもぞもぞとしながら、いつものように「おねだり」の視線を鷹に送る。

「どうしたの?そんな甘えん坊な目しちゃって」

 嘴を顔に当たる程近付けながら、鷹が脚を俺の脚にかける。

「・・・欲しい」

「ん?『欲しい』だけじゃ分かんないよ?どうして欲しいの?」

「触って欲しい」

 消え入りそうな声で俺は答える。

「どこを?」

 鷹が脚を俺の脚の根本に近付けてゆく。タイツ越しからでも分かる太ももの柔らかい感触が股間に向かってじりじりと上って来る。

「お、おちんちん」
「ん?」

 鷹は脚を上げて鉤爪を俺のパンツのファスナーの取手に引っ掛けて揺らした。

「なぁに?」
「おちんちん触ってよ」

 大きな声で言うと、

「ダメ。運転に集中して」

 鷹はファスナーの取手を放してしまった。体を離した鷹は、下唇を噛む俺を見て翼で口元を隠してクスクスと笑った。
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