第32話

文字数 2,556文字

 勢いよく飛び込んで来たのはリチャードとエドガーだった。
 冊子に手を置いたまま、ヒューが安堵の息を吐く。
「おいおい、脅かすなよ。いきなり入って来て――誰かと思った。庭だけでは飽き足らず屋敷の中まで鬼ごっこか?」
 少年たちは上気した頬で叫んだ。
「聞いてくれ、ヒュー、謎を解いたぞ!」
「そうなんだ、ヒュー、リチャードが、宝の隠し場所を解き明かしたんだ!」
「え?」
「さあ、これから掘り出すから、君も、来てくれ! 屋敷に居る皆も集っている」

 庭の日時計の周りには既にエメットとケネスがいた。幼いジョイスも飛び跳ねている。
「これは……一体、何が始まるんです?」
 騒ぎを聞きつけてホール医師もやって来た。
「ドクター、ウェルの様子はどうです?」
「落ち着いています。昏睡状態は続いていますが脈も正常で寝息も穏やかです。おかげで今朝は僕も自宅へ戻って着替えをすることができました」
「それは良かった! では、よろしかったらドクターもどうぞ。面白い場面をご覧に入れますよ。さほど時間はかからないと思います」
「あ、馬車だ! モルガンが戻って来た!」
 門前に止まった辻馬車に気づいてジョイスが駆け出す。
「僕、モルガンも呼んで来る!」
「そうだった、今日モルガンさんは外出すると君は言っていたっけ」
 ヒューがそのことを思い出してリチャードを振り返る。
「うん、モルガンはシティまで、アンソニー叔父の死を豪州の銅山会社に知らせる手続きをしに行ったんだよ」
「どうしたんです、坊ちゃま、そして、皆さん、ドクターまでこんなところに集まって――」
 ジョイスに手を引かれてやって来たモルガン。シルクハットを脱いで汗を拭う。その眼が日時計で止まった。
「おや、日時計を修復なさったんですね?」
 勢ぞろいした一同を見回してリチャード・グッドヴィルが(おごそ)かに告げた。
「皆、聞いてくれ、僕は父上の残した言葉『Watch Deathwatch』の意味を解明したんだ。この言葉は我が家が有す宝の在処(ありか)を示している」
 突風が吹き過ぎてランブラーローズが一斉に揺れた。人間達もさざめいた。
「宝?」
「宝とは?」
「今更、隠す必要はない。実は、お祖父様と父上は何者かにずっと脅迫されていたんだ。我が家の一族の秘密を暴露されたくなければ宝を渡せ、ってね」
 グッドヴィル家の嫡男の衝撃的な言葉に、皆、息を飲んだ。誰も言葉を発する者はいない。
「僕は、犯人を捕らえることは警察に任せた。証拠となる脅迫状は既にキース・ビー警部に渡してある。だが、宝については、僕が隠し場所を突き止めた」
 リチャードはまず姿勢を正してメッセンジャーボーイに向き直った。
「それが出来たのも、ヒューとエド、君たちの協力のおかげだ。脅迫状の発見も、この二人がウェルの言葉から推理してくれたんだよ」
「ウェルの言葉?」
 驚いた様子で、即座に執事が問い返した。
「ウェルがあなた方(・・・・)に何か言ったんですか? しかし、あなた方は直接ウェルと話をしたことはないでしょう?」
「あ、いえ、話というか、ウェルさんが階段から落ちた、あの時ですよ」
 微苦笑するヒュー。
「ほら、モルガンさんがケネスを呼びに行っている間の出来事なんです。正確には僕たちに言ったというより、意識朦朧として、譫言(うわごと)のように囁いたんです。『天使様、悪魔はブーツの中です』」
 エドガーが胸を張って続ける。
「それで、僕たちは武器庫の鎧武者のブーツの中から脅迫状を発見しました!」
「そもそも、それ以前に」
 言葉を継ぎながらリチャードはゆっくりと歩いて日時計の真横に立った。
「この二人は僕の父上の懐中時計を見つけてくれた。これがそれだ」
 集合した全員がよく見えるように懐中時計を高く掲げる。
「この時計は3時2分で止まっている。まさに〈死んだ時計〉だ。それで僕は他にも我が家にDeathwatchがないか考えて、この(・・)日時計に行き着いた。ケネス、直すのを手伝ってくれてありがとう」
「そんな、御礼には及びません、リチャード様」
「日時計は今、3時を指している。僕は鬼ごっこをしていて、ふいに思い当たった。きっかけはジョイスが言った言葉だよ」
「え、僕? 僕は何と言ったの?」
「日時計は、〈分〉はどうやって計るのかって、おまえ、訊いたろ? それでハッとした。もし父上が何かを知らせたくて意図的に愛用の懐中時計の針を止めたのなら、我が家にあるもう一つの死んだ時計――まさにこの日時計に当てはめて考えた場合、〈3時〉が時刻なら、〈2分〉の2が表すのは何だろう? 影の長さじゃないだろうか?」
「なるほど! 論理的だ! その考えは大いに有り得るよ!」
 医師の賞賛にリチャードは頬を染めて会釈を返した。
「影の長さ――この場合2インチや2フィートじゃ短かすぎて日時計の石柱の内側になるから、2ヤードかな? 僕はこれから掘ってみるつもりです」
 ここでエドガー、もう我慢できないと言う風に顔をほころばせる。
「ヒュー、実はね、僕とリチャードで、もう距離は測ってあるんだ。あの印がそれさ」
 エドガーが指差す方向に園芸用のスコップが突き刺してある。
「さあ、掘るのも手伝うよ、リチャード」
「頼むよ、エド!」
 こうして――
 それぞれの金の髪を午後の陽光に煌めかせて少年たちは掘り始めた。
「わーい、宝って何だろう? 僕、ドキドキする。宝が出てきたら蜜蜂たちにも教えなきゃ!」
 はしゃぐジョイスをエメットがギュッと引き寄せる。
「坊ちゃま、そんなに走り回らず、エメットの近くにいてください」
「なんだよ、エメットは泣き虫の上に怖がりだなぁ! 出て来るのは宝物で火を噴くドラゴンじゃないんだぞ!」
「お願いですから……どうか私のお側に……」
 それ以外の者たちは――ヒューも含めて――全員、魔法にかかったように無言のまま突っ立って掘り進む様子を見つめている。
 ザクザクザク……
 永遠と思える長い時間、庭には単調なスコップの音だけが響いていた。

 ザクッ
 突然、音が止む。

「あった! これだ――」
 リチャードは叫んで地中から小さな塊を取り出した。四角い金属製の箱だ。
 続いて響いた声に一同は凍りついた。
「よくやった! それをこちらへ渡せ」

  
 ※2インチ=5,08cm
  2フイート=60,9607cm
  2ヤード=182,8822cm

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