第1話 『屁こき嫁』にしくじり、『番町皿屋敷』を演ずることに

文字数 2,943文字

 あたしの名前は、小梅。梅の季節に人工胎内システムから取り出されたから、小梅ね。名字は、ない。クローンだから。小梅ってのも、「日本昔話成立支援機構・クローン養育所」でつけてもらった愛称で、あたしのほんとの名前は「M2018」。Mは「昔話のM」、2018は「日本昔話成立支援機構」のクローン製造番号。ベタなネーミングよね。わかりやすいっちゃ、わかりやすいけど。

 あたしは、ラムネ星に住んでる。この星の並行世界に地球って星があって、あたしたちクローンが助けあげないと、地球の日本人って人たちと、日本って島国が消えちゃうんだって。
 あたしは科学に弱いから詳しいことは、わかんない。でも、物心ついたときから、あたしは地球の日本を助けるために作られたって、周りのラムネ星人やクローン人間から言われてっから、「そうなもんか」と思ってる。
 
 えっ、どうやって助けるのかって? あたしや、あたしの仲間のクローンは、時空転移装置で「むかし、むかし、あるところの日本」に飛んで、「日本昔話」ってのを、演じてやるんだ。あたしたちは演技するクローンだから、クローン・キャストって、呼ばれてる。
 なんで、クローンがキャストを務めるかって? そりゃ、特殊能力が必要だからよ。昔話では、ツルやキツネが人間に化けたり、動物が人間と話したりするの。天然のラムネ星人に、そんな芸当はできない。
 だから、「日本昔話再生支援機構」が、ラムネ星人の遺伝子に変身能力を組み込んで、あたしたちクローン・キャストを作ってるわけ。あたしの遺伝子には10種類の動物の遺伝子が組み込まれてて、その動物たちに自由に変身できる。
 ラムネ星には、もうひとつ、地球の日本を助けてあげるクローン・キャストのグループがあるそうよ。そっちのグループには、両脚を透明にしたり、壁や塀をすり抜けたりする力が与えられてるんだって。そっちは、「日本怪談成立支援機構」ってとこに所属してて、あたし達とは、まったく付き合いがないわ。

 今、あたしは、『屁こき嫁』って昔話を演技中。地球時間で2週間前に、時空転移装置で「むかし、むかし、あるところ」の日本にきて、母一人・息子一人の家に親孝行でよく働く嫁として入り込んだわ。
 姑とうまくやるのは大変だったけど、頑張って仲良くなった。で、昨日のことなんだけど、姑の機嫌が良さそうな時をみて、具合悪そうな様子をして見せた。姑が「どうしたの?」って訊くから、「実はオナラを我慢してて」と打ち明けたの。
 姑は「オナラくらい遠慮せず」と言ってくれた。そこで、特大のオナラを一発。姑を隣の家の畑まで吹っ飛ばしちゃった。ウソだろって、思うよね。でも、これ、昔話のシナリオ通りだから。あたしは、特大のオナラが出来るように、遺伝子操作されてっから。
 自分の母親があたしのオナラで吹っ飛ばされたのを見て夫が怒った。「こんなデカイ屁をこく女は離縁だ」と喚き散らし、あたしを、あたしが生まれたことになってる村に連れて帰ることになった。これも、『屁こき嫁』の筋書きどおり。

 で、今日を迎えたわけ。今、元・亭主と、田舎道を歩いてるとこ。前の方で、馬にたくさんの荷物を積んだ中年の男が柿の木を見上げてる。ここ、大事なとこね。
 その男は金持ちの商人で、馬の背には高価な反物をいっぱい積んでるの。それで、この商人、今は、柿が欲しくてウズウズしてる。
 これからあたしが特大のオナラで柿の実を全部落としてやる。すると、男は喜んで反物をいくつもくれる。柿の実の御礼に高価な反物って、割が合わない気がするけど、昔話がそうなってるんだから、仕方ないわね。

 それで、あたしの元・亭主は
「こんな重宝な嫁を離縁するのはもったいない」
と思い直し、たちまち現・亭主に戻り、あたしを家に連れて帰る。あたしは、男の家で末永く幸せに暮らして、メデタシ、メデタシで『屁こき嫁』が完結ってわけ。
 あっ、でも、本当に末永くやってたら、あたしが年取って他の仕事ができなくなっちゃう。だから、1週間したら病気でポッコリってことにしてラムネ星に戻る。そのくらいの誤差は、許されるわけ。ラムネ星に戻ったら、昇給とボーナスが待ってる! ウヒヒヒ……って笑ってないで、気を引き締めてかからないと。

 元・亭主が、商人に「どうなさったかね?」と尋ねた。商人が、「この木になっている柿の実があんまりうまそうなので、何とか、落として食えないかと思って」と答える。
「それならあたしが」
あたしは、前に出る。腰を据え腹に力を入れ、「油断してプスー」とは大違いの「狙ってブッフォーン」の用意をする。

 その時、小さな羽虫みたいなのが、あたしの鼻の穴に飛び込んできた。フン、フンと鼻息で追い出そうとするけど、出ていくどころか奥のほうに入り込んでくる。フンフンし続けてるうちに、意識が飛んだ。
 気が付いたら、商人が意味のわからない言葉をつぶやいてる。頭のてっぺんから足元まで、水をかぶったみたいにびっしょり。あたしの元・亭主も馬もずぶ濡れで、大雨の後みたいにドロドロになった地面に柿の実がいっぱい落ちてる。えっ、いったい、ぜんたい、どうなってんの?
「お前は屁がデカイだけじゃなく、クシャミまで特大なのか!」
元・亭主が目をむいてあたしに怒鳴る。
 ク・シャ・ミ!
そうか、羽虫が鼻の奥に入ったせいで、オナラより先にクシャミしちゃったんだ。オナラのために溜めてたエネルギーが全部クシャミに回ったんだから、そりゃ大変だ。
「お前のそばにいたら、どんな目に遭うか、わからない。後は、一人で生まれた村まで帰れ!」元・亭主が怒鳴る。
「大事な反物がずぶぬれじゃないか。弁償してくれ」
商人が喚く。元・亭主が、商人に
「この女とは離縁してる。こいつの家の者と話してください」
と言い、スタスタと立ち去る。商人が鬼みたいな顔であたしをにらむ。

 ウソ、なにこれ? あたしって、最悪ツイてないじゃん!  仕方ないから、あたしは脳に埋め込まれた時空超越通信装置を起動して「日本昔話成立支援機構」のヘルプデスクに助けを求める。「緊急支援スタッフ」が駆け付け、あたしの父親のフリして商人に詫びの小判を渡し、示談成立。

 あたしは、自分が乗って来た時空転移装置でラムネ星に戻る。あぁ、ヤバイ。これから上司のプロジェクト管理課長のとこに報告に行かなきゃいけない。管理課長は50代のラムネ星人で、根は悪い奴じゃなさそうなんだけど、いつも上の機嫌をうかがってヘコヘコしてる。
「2018号、ツイてなかったな。だが、うちは成果主義だ。この失敗で減給1割。それから、商人に払った金は、賞与から引かせてもらう」
課長が言う。
 あたしがガックリきてると、課長が蛇がニタリと笑ったみたいな顔になった。
「この失敗をチャラにするチャンスがあるぞ」
「えっ、ホントですか?」
「『日本怪談成立支援機構』から、うちに応援要請がきている。『番町皿屋敷』という怪談を演じる予定のクローンが骨折して動けなくなったが、代役をひねり出せないそうだ。幽霊能力がなくても演技力さえあれば務まる仕事だそうだ。やってみるか?」

「やります、やらせください!」
もう、こうなったら、幽霊でも何でも、やるっきゃ、ないでしょ!
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