プロローグ/日本消滅

文字数 4,382文字

 1.並行世界/ラムネ星と地球

 銀河系の並行宇宙に、ラムネ星という惑星が存在していた。ラムネ星の景観、そこに生息する植物、動物、そしてヒト型の生き物は、すべて地球のそれに酷似していた。ラムネ星が地球の並行世界なのだから、当然の話ではある。

 宇宙の法則どおりであれば、2つの惑星はお互いの存在を知らぬまま、それぞれの時を刻み悠久の彼方に終焉を迎えるはずだった。
 しかし、ラムネ星人が宇宙の秩序を恐れぬある企てを起こしたことが、2つの惑星の運命を大きく変えてしまった。

2.ラムネ星/「ブラックエナジー計画」
 
 ラムネ星は鉱物資源ラムネリウムにエネルギーを依存していたが、ラムネ星統合暦1918年に、ラムネリウムが100年以内に枯渇するという予測が決定的になった。ラムネ星統合政府は、新エネルギー源の開発を迫られることとなった。
 1920年代初頭、ラムネ星統合政府は宇宙空間のブラックマターから無限のエネルギーを取り出す「ブラックエナジー計画」をスタートさせた。ブラックマターからのエネルギー抽出に対しては宇宙の秩序を破壊するものとして反対の声が強かったため、計画は極秘裏に進められた。

 ラムネ星統合暦1964年1月27日、運命の瞬間が訪れた。巨大な人工衛星に搭載された「ブラックエナジー・ジェネレーター」がブラックマターからエネルギーを抽出し始めたのだ。
 しかし、プロジェクトは開始後30分で破局を迎えた。ジェネレーターが大爆発を起こし、人口衛星もろとも消滅したのだ。この時、ラムネ星統合政府は、まったく未知の巨大なエネルギ―が宇宙の彼方に放出されるのを確認した。
 ラムネ星統合政府は、「ブラックエナジー計画」反対者からの責任追求を恐れ、計画の失敗を完全に隠ぺいした。一般のラムネ星人たちは、自分たちが宇宙に致命的な打撃を与えたかもしれないなどとはつゆ知らず、従来通りの生活を送り続けた。

3.地球/巨大エネルギーの日本直撃

「ブラックエナジー・ジェネレーター」の爆発によって放出された巨大エネルギーは時空間を激しく歪め、並行世界の地球に殺到した。地球標準歴2464年のことである。
 地球のオゾン層がエネルギーの直撃から地表を守ったが、一カ所だけ例外があった。それは日本だ。日本は、自然の許容限界を超えた工業活動によって上空のオゾン層を極めて脆弱なものにしていた。並行宇宙から飛来したエネルギーは日本上空のオゾン層を突破し、日本人と日本の国土を直撃したのだ。
 エネルギーの衝撃波が日本の国土の50%を荒廃させた。地球上の多くの国々が日本製の工業製品に依存していたから、地球連邦政府は、日本が自然エネルギーへの転換を進めるという条件つきで、日本の復興支援を開始した。
 
 日本の経済復興への道筋がついた2475年、日本政府の国民精神衛生調査で、驚くべき事実が明らかになった。日本人の脳から、「日本昔話」の記憶が、前回5年前の調査時に比べて平均40%減少していたのだ。「日本昔話」は、はじめは口から口へ、出版物等の情報媒体が発達してからは媒体から媒体へと伝承され続け、日本人の共同的無意識を構成すると同時に、日本人と日本の国土を結びつける唯一無二の絆となっていた。その記憶が、日本人の脳から失われている。

 恐るべき発見を受け、日本でもトップクラスの科学者と巫女たちが集められた。この時代、人類は科学の限界に目覚め自然現象の解明と将来予測には、必ず巫女たちの力を借りるようになっていた。集められた科学者と巫女たちは、宇宙からの巨大エネルギーに直撃され日本人の脳が遺伝子レベルで不可逆的に変化したと結論づけた。

4.地球/日本消滅

 科学者と巫女のグループは記憶喪失の原因追究だけでなく、それがもたらす将来の結果も検討した。グループの予測は、日本政府を震撼させるものだった。グループは、日本人の脳から「日本昔話」記憶の70%が失われると日本人とその国土が消滅すると予測したのだ。
 日本政府は、極秘裏に地球連邦政府に再検証を依頼した。全地球の「ベスト・アンドブライテスト」の科学者と巫女たちが南極の秘密基地に集められ、日本の将来予測を行った。その結論は、日本の科学者と巫女たちが出したものと同じだった。こうして、日本消滅の予測が確定した。
 南極基地に集められた「ベスト・アンドブライテスト」たちは、日本の科学者と巫女たちができなかった、巨大エネルギーの発生源の特定に成功した。日本人の脳を不可逆的に変性させたエネルギーが地球の並行世界、ラムネ星近辺から放出されたことを突き止めたのである。


5.宇宙/地球からラムネ星への損害賠償請求

 地球標準歴2480年、地球連邦政府は、ラムネ星への損害賠償請求を決定した。それは、ラムネ星の植民地化も視野に入れたものだった。
 地球標準歴2485年、地球連邦政府は、時空の歪みを再発生させラムネ星に達する時空超越トンネルを開削すべく、未処分のまま残されていた熱核兵器すべてと、地中深く保管されていた高濃度放射性廃棄物を宇宙空間で炸裂させた。同年(ラムネ星統合暦1995)、地球からラムネ星への時空超越トンネルが開通した。

 時空転移装置でラムネ星に降り立った地球連邦政府の全権大使は、ラムネ星統合政府に対し損害賠償請求を突き付けた。その内容は、ラムネ星統合政府をパニックに陥れた。
 まず、損害賠償額が莫大だった。それは、ラムネリウムに替わるエネルギー源を開発できず経済が停滞していたラムネ星にとっては、ほとんど支払い不可能な額だった。
 地球連邦政府の請求には、もっと恐ろしい内容も含まれていた。損害賠償がなされない場合、ラムネ星人が免疫を持たない地球のウイルスを送り込み、ラムネ星人を根絶させると脅迫していたのだ。

6.ラムネ星/ラムネ星統合政府の対策

 ラムネ星統合政府は必死の外交努力で時間を稼ぎつつ、ラムネ星の「ベスト・アンド・ブライテスト」の科学者と巫女を集め、日本消滅を防ぐ方策を検討させた。
 ラムネ星の「ベスト・アンド・ブライテスト」は、ラムネ星人が日本の「むかし、むかし、あるところに」飛び、同じ「日本昔話」を繰り返し、繰り返し再生するというプランを提案した。
 はるかな過去において同じ昔話が出現する回数を限りなく増やせば、その昔話が後世に伝えられる機会も圧倒的に増え、現代日本人が昔話記憶を喪失する速度を遅らせることができる。そう考えたのである。ラムネ星と地球は元々別の宇宙に存在するので、ラムネ星人が地球の過去に時空転移しても地球のタイムラインに悪影響はないと考えられた。

 しかし、ひとつ問題があった。「日本昔話」のメイン・キャラクターは人間だけではない。イヌ、ネコ、サル、クマ、キツネ、タヌキなどの動物、さらにはお地蔵さんや茶釜などの物までが重要な役割を果たす。
 この問題への打開策として打ち出されたのが、遺伝子操作で変身能力を組み込んだラムネ星人のクローンを地球に送り込むことだった。

 ラムネ星の提案は地球連邦政府に伝えられた。地球の「ベスト・アンド・ブライテスト」が検証した結果は、「効果のほどは定かでないものの、悪影響もない」というものだった。
 地球連邦政府の一部から、ラムネ星の提案を突っぱね、直ちにラムネ星を植民地化すべきとの強硬意見も出た。日本政府はこうした強硬意見に強く反発し、地球連邦政府に対し宣戦布告する構えを見せ始めた。
 開戦となったら日本に勝ち目がないのは明らかだったが、この時代の地球人は、流さずに済む血は流すまいと考える程度には進歩していた。地球連邦政府は、クローン人間派遣に関わる一切の費用はラムネ星が負担するという条件つきでラムネ星の提案を受諾することにした。

7.ラムネ星・地球/「日本昔話再生支援機構」設立合意

 ラムネ星統合暦1990年、地球標準歴2490年、地球連邦政府とラムネ星統合政府は、「日本昔話再生支援条約」を締結した。
 この条約により、ラムネ星統合政府が「日本昔話再生支援機構」を設立することが決定された。「日本昔話再生支援機構」は遺伝子操作によって変身能力を付与したクローン人間を製造し、「日本昔話」を再生する演者、つまりクローン・キャストとして訓練し、時空転移装置で「むかし、むかし、あるところの日本」に送り込む。そして、クローン・キャストは「日本昔話」を再生する。

 ラムネ星と地球を結ぶ時空超越トンネル内に地球・ラムネ星合同の「昔話成立審査会」を設置し、昔話再生の進行を監視し、その成立・不成立を判定することも決定された。時空超越トンネルからは、地球の過去のどの時間・どの場所での出来事も観測することができたのである。

「日本昔話再生支援条約」は、3年間の期限つきとされた。ラムネ星のクローン・キャストが3年間「日本昔話」の再生を続けても日本人の昔話記憶に改善が見られない場合、条約は打ち切られ、ラムネ星統合政府は直ちに地球連邦政府の損害賠償に応じることが、取り決められていた。


8.ラムネ星/ラムネ星統合政府による隠ぺい

 ラムネ星統合政府は、地球連邦政府との「日本昔話成立支援条約」の内容を、一般のラムネ星人からはもちろん、クローン・キャストからも完全に隠ぺいした。それが明らかになると「ブラックエナジー計画」の失敗が白日のもとにさらされることになるからだ。条約の実態を知るのは、ラムネ星統合政府の対地球窓口の高級官僚と、「日本昔話再生支援機構」を管理するラムネ星人の極く限られた幹部だけだった。

 一般のラムネ星人とクローン・キャストは、ラムネ星統合政府が「純然たる善意」により地球の日本人民と国土の救済に乗り出したと聞かされた。地球連邦政府も、ラムネ星統合政府が表向きこのような説明を使うことを承認した。

 この経過から明らかなように、「日本昔話再生支援条約」は、圧倒的に地球連邦政府が有利な不平等条約である。ただし、成立から50年後、ラムネ星統合政府の財政がひっ迫し、かつ、日本人の昔話記憶の下げ止まりが確認されたことから、地球連邦政府は、昔話の再生件数と成功件数に応じ「日本昔話成立支援機構」に報奨金を支払うことを決定した。

 こうして、実質は地球連邦政府に縛られた中、ラムネ星統合政府の「純然たる善意」を信じて疑わないクローン・キャストたちの奮闘が始まった。
 「日本昔話再生支援機構」によるクローン・キャスト派遣が開始されて70年経った現在、日本人の昔話記憶は改善してはいないが、下げ止まっている。

「2.危ない時空転移装置」 につづく
https://novel.daysneo.com/works/episode/4b531f5b3cbc2c459c9ba1d7d46b9e65.html








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