第七話 ロット・バルト

文字数 2,118文字

「ようこそ。とおくから、たいへんでしたね」

 柔らかい声が奏でられ、静かに、周囲に消えてゆく。

「わたしは、この区画を取りまとめている ロット・バルト」
「ランナーとも呼ばれていますが、お好きな方でお呼び下さい」

 再び優しい声の響き(サイマティクス)が周囲に広がり、その声が消えてゆくのを待つように、ヘルメスは少し間を置くと、ゆっくりと、澄んだ声で挨拶を返す。

「私は、ヘルメスと申します」

ロット・バルト(白毛の種族)は静かに聞いている。

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
 ヘルメスは軽く会釈すると、グレアリング・アイを少し赤く光らせ、ロット・バルトの顔を見た。







…ふっ

 ロット・バルトの表情がやわらぎ、少し微笑みながら目を閉じる。

 そして、再び目を開けると、

「…そうですね。お互いの挨拶もすみましたし」
「今日は長旅でお疲れでしょう。ゆっくりお休みください」
 目の奥を少し赤色に光らせ、ヘルメスを見た。

「… ロット・バルト、お待ちください」

 ヘルメスの応答に、一瞬の間を感じたロット・バルトは、表情を少し鋭くし、目の色を濃くしながら、ヘルメスを見ている。

「…だいじょうぶですよ」
「お探しの方は、お休みになられています」

 テーブルの上に、何かの映像が浮かび上がる。

…アレン

 その映像には、透明なケースに収められている、半壊のArdyが映し出されていた。


― 周囲が静まり返り、冷徹な静寂が周囲を支配してゆく。


「なるほど…」
 ヘルメスがゆっくりと、映像からロット・バルトへ顔を向ける。

「取引ですか」

「…ほう。そのつもりは ありませんでしたが」
 ロット・バルトの瞳孔の奥が、濃くなってゆく。

「どぉう しましょう」
 そして、目を閉じた。







 再び、冷徹な静寂が周囲を支配してゆく。





 それから二人は何も発せず、ただ、白い静寂(サイマティクス)だけが、二人の間に存在していた。





 そして、いつしか空の色がトワイライトに変化し、白亜の部屋が夕日に染まり始め、
 
「なぁ、そろそろ終わりにしねーか」
 時間を持て余したブリザガが声を出す。

 ロット・バルトはゆっくり目を開け、

「そうだな」

「だが、その前に…

 ヘルメスの目を見る。

――――――――――――

 突然、ヘルメスの目の前が、青緑色の閃光に包まれた!

「 ハルトマン! 」
 ブリザガが空を見つめて、叫ぶ!

――――――――――――

「愛されて いますね」

「私は、誰にも従う事はできません」

――――――――――――
 ハルトマンの激しい攻撃を透明な壁が跳ね返し、美しい閃光の重なりが、空の色を染めてゆく。

「では、この責任を どのようにするおつもりですか?」

 部屋が揺れ始め、一部が崩れ出してきた。

 ロット・バルトを見ていたヘルメスが、閃光に包まれる透明な壁に向かい歩き出し、

―スッ
空中に浮くテーブルをすり抜けると、グレアリング・アイを赤々と発光させ、壁に触れた。

「L-MT全機、戦闘モードに移行。上空のオブジェクトを排除しなさい」

 ロットバルトが微笑み、
「わざわざ声に出さなくとも、伝わるものを…」

腕を組むと、静かに目を閉じた。


― Pi!
 突然、建屋の外で待機をしていたL-MTのグレアリング・アイが赤色に発光し、起動を始め、立ち上がる。

― ガチャ!!
 そして、外装の一部が浮き上がり、両腕から二門のキャノンが飛び出した。

「おい!」
 突如として動き出したL-MTを包囲していたブリット達と、武装した種族達が叫ぶ。

 L-MT達は背中のファンネルを開き、その奥を激しく発光させ、周囲に爆風を巻き起こし、
― ゴォオオ!!
 スラスターからアフターバーナーを噴出すると、一気に上空へと飛び立って行った。

 上空には、建屋で待機していたアルファチームと、壁の外で待機していたベータ、ガンマ、デルタチームが編隊を組み、青緑色の閃光を放つハルトマン達へと急速に近付く。


――――――――――――


 トワイライトに染まる空に、色鮮やかな閃光が交じり合い、ロット・バルトの背後にある風景が、美しく彩られてゆく。

「 Le nozze di Figaro(フィガロの結婚) でも 聴きたいものですね 」

 黒色のオブジェクトが、次々と落ちてゆく。

「 アルマヴィーヴァの贈りも物はいらないわ 」

「 …そう で す か 」

――― ゴガァ!!
 突然、床が割れ、ロット・バルトの下から巨大な角が飛び出し、
 黒い巨体がロットバルトを襲った!

「兄貴!」
 ブリザガが叫ぶ! 同時にレーザーカノンを構え、

――――――――――――!
 黒い巨体にカノンを放つ!


ゴォォォォォ…


… クククク

…  これからですよ。


…   すべてを



…    りかい  す る の    は…


 レーザーカノンに撃ち抜かれた黒い巨体が、轟音と共に床に倒れ、ブリザガが走り寄る。
 しかし、ロット・バルトの姿は見当たらなく、浮いていたテーブルも消え去り、そこには何も無かったかのように、白い床だけが残されていた。

 目の前には、黒い巨体が衝突した壁が割れ、その割れ目の奥から灰色の岩盤が姿を現し、空の映像が乱れている。
 そして、空を映していた壁に火花が走り、開口部が開けられると、ハルトマンを全て撃ち落としたL-MT達が部屋の中に入ってきた。

… レプリカ    …
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