第四話 砂塵の影

文字数 4,751文字

ゴォォォ…
 シリカが吹き荒ぶ暗闇の中を、無言で進んでゆくブリザガ達。
 その前後には闇に同化した、黒色のボディを機械的に動かす武装したキャバ(ブリザガ達に従う従順なロボット)達が先導し、そこから少し離れた左右に、鉛色の体を鈍く光らせるL-MT(軽機動装甲)(Light-Mobile Trooper)達がブラスターライフルのグリップを握りながら進んでいる。
 隊列の中心には、完全体のArdy(人型の分身体)に意識を転送したヘルメスと、彼女を護衛するL-MT三体。それを前後に挟むように、前にブリザガ、後方にブリットが位置していた。

 縦に並ぶ改造種達が見ている景色は、普通の生物とは異なっていた。
 彼らが見ている視界には、見えている景色に機械的な処理を施した合成映像が映し出され、シリカの嵐を取り除いた三次元の地形を映し出し、その映像に重ねたナビゲーションマーカーや、周囲に転がるデブリの情報、半透明に処理されたキャバ達の姿がリアルタイムで表示され、その能力は機械に改造された、改造種特有のものであった。

 ブリザガと行動をともにしているブリットは、さらにその情報処理能力を高めた改造種で、常に厚めのゴーグルを装着し、そこに表示される情報と、意識の中に入ってくる情報を解析し、必要な情報をブリザガや仲間達に送っていた。


 ゴーグルの中で、L-MT達の解析を進めるブリット。

『…おい、ブリット。何か分かったか』
 ブリットの意識に、ブリザガの声がダイレクトに聞こえてきた。

『コペリアじゃ無い事は分かるが、何者なんだあいつら。持っている武器も未知の物だ』
『…さぁな。どっか遠くの惑星から来た、知的生命体様らしいがな』
『なんだそれ。何か聞いたんじゃないのか』

 ブリザガの脳裏に、銃口を突き付けられ、青白い光を放つ半壊のアンドロイドが現れた、あの時の光景が蘇ってきた。

…チッ

 少し間を置いて、再び話し出すブリザガ。

『それと、あいつらが向かっている場所は分かるか』
『あぁ、ちょっと待て』



 ブリットは、プリディクション(予測プラグ)を起動し、進行ルートの予測を始めた。
 しばらくするとプリディクションから、いくつかの予測ルートが表示され、その一つを有力候補として示してきた。

『多分、北西のカナディアルだな』
『…やはりな。あの機械野郎(ヘルメス)もその付近を示していたしな』
『そいつは何なんだ』
『さぁな。ロストしたお仲間を探しているみたいだけどな』
『まぁ、行き先がカナディアルなら安心だ』
『そうだな。なんなら周りにいるあいつらの武器もいただくか』

 その言葉を聞いたブリザガが、顔を少し横に向けると、ブリットを睨んだ。
『…やめとけ』
『なんでだよ』

 ブリザガは、再び前を向き、無言で歩き続ける。

『おい、ブリザガ』
『何なんだよ、ブリザガ』
 すると、ブリットの意識に黄金色に光り輝く、コペリニウスの映像が浮かび上がり、

『あいつらも探している。ヤツをな』



『同じ者同士らしいからな、何者か調べてやるよ』
ブリットの意識に表示されているブリザガのバイタルが、激しく揺らいだ。


 ブリザガの動揺する様子が気になり、バイタルサインを詳細に調べようとした時、視界の情報パネルに何かが反応した。

『おいブリザガ』
『どうした』
『近くに何かいる。だが、姿が見えない』
 ブリザガとブリットが警戒し、レーザーカノンのグリップに力を入れ、体に引き寄せる。

『俺たちの仲間じゃねーな』

 ブリザガは、その情報をヘルメスに渡し、ヘルメスは受け取った情報を周囲のL-MT達に送り、L-MT達はセンサーをステルスモードに切り替え、警戒を始める。

 ブリザガ達は、”見えない何か”を警戒しながら身を潜め、その進行速度を緩めた。
 すると、目の前にいる”見えない何か”もブリザガ達に合わせるように、距離を保ちながら移動速度を合わせ始めた。



 周囲には容赦なくシリカの嵐が吹き荒れ、砂の大地に足を取られながら、互いの動きを警戒し、間合いを取り、ゆっくりと進んでゆく。

 じりじりとした暗闇の攻防が続く。

 砂塵の丘を越えようとした時、ブリットがブリザガに声を掛ける。
『ブリザガ、仕掛けるか』
『やめとけ。奴らに攻撃する意思は無い』
『じゃあ、どうするんだよ。このまま夜明けまで待つのか』
『多分、あいつらはレナーテだ』
『情報さえ取れれば仕掛けては来ない』
『何が知りたいのか知らねーけど、まあ機械野郎の情報を取りたいんだろうな』
『取らせるだけ取らせたら、消えてくさ、ほっとけ』
『…レナーテか。めんどくさい奴に目を付けられたな』
『まぁいいさ、俺たちは機械野郎の護衛じゃねえんだ』
『別の種族が攻撃してきたとして、ほっときゃいいさ、俺たちはそこで消える。後はあいつら次第だ』
『そうだな。そん時は消えればいいか』

 会話を終えると、ブリザガは見えない何か(レナーテ)に何かを投げつけ、
見えない何か(レナーテ)はそれを拾うと、夜明けと共もに消えていった。

 それから幾度かの陽が昇り陰りを繰り返し、北西にある街カナディアルに向けて、歩みを進めてゆくブリザガとヘルメス達。
 大きな砂丘を越えたある夜、周囲の様子が変化をし始めてきた。吹き荒ぶシリカが薄まりだし、風向きが変わり、その風に混じるように、周囲に生暖かい匂いが漂い出してきた。
 ブリザガは鼻をぴくぴくと動かし、周囲を見渡すと後ろを振り返り、ヘルメスに声を掛けた。

「そろそろカナディアルだ」
「お前たちが目指している場所はそこか?」

 ヘルメスが右腕から半透明のフローティングパネルを表示させ、パネルの中心付近で点滅しているシグナルの位置を確認し、顔を上げるとブリザガにフローティングパネルを見せた。

「この先にある谷を下った、ある場所を示しているわ」
「カナディアルはそこなの?」

「あぁ、そうだ」
 不愛想に応えるブリザガ。

「アレンは、その街に連れていかれたのね」
「…あぁ、多分な」

 少し間を置き、ヘルメスが話し出す。

「ブリザガ。アレンを取り戻す交渉を、お願い出来ますか」

 その言葉を聞いたブリザガは、一気に体を起こし、目を見開く。
「はぁ? 何で俺たちが交渉するんだよ!」

「私たちには交渉する術がありません。必要なものがあれば言ってください」
「用意できる物なら、あなた方に提供します」
「お願いできませんか」

 右手を額に当て、頭を抱えるブリザガ。
 明らかに不服そうな表情を浮かべ、しばらくの間、考えると顔を上げヘルメスを睨んだ。
「ああ、いいけどよ。誰がそいつ(アレン)を持ってるか分かんねえんだぜ」
「もし攻撃されたらどうするんだ、お前」

「そうならない様に、交渉をお願いします」

 ブリザガはヘルメスを睨み続けている。

『ブリザガ。まぁ良いじゃねーか』
 ブリットの声がブリザガの意識に入ってきた。

『戦闘になったら、あいつらを拘束して、あそこで売ればいい』
『あいつらが示していた場所は、ランナーの敷地だ』
『ランナーは珍しいものが大好きだ。高く売れるぜ』
 後ろにいるブリットが、怪しい微笑みを浮かべている。

『フッ、そうだな。まぁ危険になったら消えればいい』
『上手くいけば、高く売れるしな』
『いい話じゃねーか』
 目の奥をぎらつかせながら、不敵な笑みを浮かべるブリザガ。
 そしてヘルメスを睨み、ブリザガがヘルメスの問いに応えた。

「イイぜ。上手く交渉してやるよ」

「お願いします」
 ヘルメスは、グレアリング・アイを青白く光らせながら、静かにブリザガを見つめていた。

 ブリザガとヘルメスは会話を終えると、谷の下にあるカナディアルを目指して、再び歩き出した。
 すると、歩き出してすぐにまた、ヘルメスがブリザガに話し掛ける。

「ブリザガ。どうしてあなた達は改造されたの」

 一瞬にして目の色がかわり、明らかに不機嫌そうな表情で振り向き、ヘルメスを睨むブリザガ。
「…そんなこと聞いてどうすんだよ」
「あなたたちや、この惑星の事が知りたいの」
「…知ってどうすんだよ」
「どうもしないわ」
「もしかしたらA333の、手掛かりにつながるかもしれない」

「そのお前らが言う、A333って何なんだ」
 ブリザガの表情が変わり、目を少し開くと、その奥を鈍く光らせながらヘルメスの顔を見た。
「A333の事は、私たちもよく分からないわ」
「はぁ?なんだそれ」
 表情を歪め、さらにヘルメスを見るブリザガ。

「ただA333は、巨大なエネルギーの集合体であって、銀河の中心で創られた、
私たちには理解できない物質である。という事だけは分かっているわ」



「何でそんな物、探してるんだ」

「A333は前も話した通り、その巨大なエネルギーで空間にワームホールを発現させることができる」
「ただそれは、エネルギーだけの話であって」
「私たちは、A333に何かしらの意思が宿っているのではないか、そう考えているの」

 ブリザガは(いぶか)しげな表情で、その話を聞いている。

…こいつは何を言ってるんだ。
 物質に意志がある訳ねーだろ。

―――

 その時、ブリザガの脳裏に、あのコペリニウスと接触した情景が浮かび上がり、
 もしかしたら、あの得体の知れない存在がそうなのかもしれないと思うと、ブリザガは体を竦め、うつむき、そしてあの時の恐怖が蘇ってきた。

 会話が途切れ、しばらくの沈黙の後、ヘルメスがブリザガの背中を見つめると、再びヘルメスが話し出した。

「これから向かう、カナディアルという街は、どんな街なの」

 うつむいた顔を上げ、ゆっくりと話し出すブリザガ。
「あそこは不潔な街さ」
「あらゆる種族が、欲望をむき出しにして集まる、薄汚い欲望の街さ」
「あそこでは、あらゆる物が取引きされ、何でも手に入るし、何でも売れる」
「特に珍しい物は、高値で売買され、あんた達のお仲間も売り飛ばされてるかもな」

 するとヘルメスのグレアリング・アイの色が変わり、
「そいう事なら急がないと、アレンがまた何処かへ行ってしまうわ」
 そう言うと足早に砂の大地を駆けだし、谷の下にあるカナディアルへと向かって行った。

「おい!ちょっと待て」
―くそ!何なんだ、めんどくせぇ事ばっか言いやがって!

 ヘルメスは休む事なく砂の大地を駆け抜け、その勢いのまま砂の谷を下ると、木々が生い茂る鬱蒼(うっそう)とした森が行先を阻み、ようやくヘルメスは足を止めた。

―ハァ、ハァ、ハァ…
 息を切らしながら、ブリザガが追い付いた。

「てめぇ!いい加減にしろ!」
―ガッツ!
 憤激の表情でヘルメスの首を掴むブリザガ。

―ガチャ!
 同時に、周囲にいるL-MT達が、ブリザガにブラスターを向ける。

「おい、やるのか」
 ヘルメスの首を握る、ブリザガの腕に入る力が更に増してゆく。
 ブリット達が追いつき、レーザーカノンの銃口をL-MT達向ける。

「やめなさい」
 ヘルメスはそう言うと、ブリザガの腕を掴み、一気に力を入れた。

―ガァッ!!
 瞬く間に、苦悶(くもん)に顔を歪ませるブリザガ。ヘルメスの首から手が離れ、その場に(ひざまず)く。

「無駄な時間はありません」
「アレンの救出が最優先で…

――― ガシャァ!!
 一瞬にして、ヘルメスが地面に倒れ、その背中に乗り、腕を抑えて動きを制圧するブリザガ。

―ガチャ!
 L-MT達が一気に詰め寄り、ブリザガにブラスターを向ける。



「気が済んだ。済んだのなら離しなさい」

「てめぇ… いい加減にしろよ」
「俺は、お前達の手下じゃねーんだよ!」

―バッ
 ブリザガは、ヘルメスを開放すると、憤怒の表情でヘルメスを睨みつけた。
 ブリザガの表情を見つめながら、立ち上がるヘルメス。

「約束通り、何とか(アレン)ってヤツの所まで連れてってやる」
「但し」
「お前達が身勝手な行動で、そいつ(アレン)が、どうなっても知らねえ」
 ブリザガが更に鋭い眼光を向ける。

「分かったら、おとなしく付いて来い」
 そう言うと、ブリット達のレーザーカノンを下ろさせ、森の奥へと入って行った。
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