第3話 美しい子(美穂)

文字数 1,107文字

 高校の合格通知を受け取った日、久しぶりに井上の家族とうちとで集まってご飯を食べた。
 市内でもトップクラスの高校に受かったのだ。嬉しかった。夢が近づいた、と思った。
「私、英語をもっと頑張りたい。拓磨さんに勉強を教えてくれた先生、今どうしてるの? 私にも教えて欲しい」
 まだ入学前なのに張り切る私に、周りの大人たちは、そんなに頑張らなくても、と笑っていた。
「橘先生は大学院にいるけど、週一くらいならやってくれるかもな。美穂ちゃんがそんなにいうなら、聞くだけ聞いてみるよ」
 新くんのパパがそう答えてくれました。
「ありがとう。私、もうピアノもバレエもいいの。勉強頑張りたい」
「新もちょっとは見習えよ。もう中学生になるんだからな」
 大学生になって、ほとんど私たちの集まりに顔を出さなくなった拓磨さんも今日は珍しく来ている。
 拓磨さんは、橘先生と同じ東北大学の法学部に進んだ。昔から成績が良かったし、やはり高三のときの頑張りが効いたのだと思う。
 こうして見ると、やっぱり拓磨さんってかっこいいのかも。
 和田は、目の前に座った賢そうな大型犬みたいな拓磨さんを、冷静に観察した。
 塾に向かうときに友達と歩いてると、たまに高校生にナンパされることもある。自分たちは進学校に通っている、頭のレベルも釣り合うよ、と暗に私たちに仄めかしているみたいだけど、あんなちゃらちゃらした貧弱な高校生からしたから、やっぱり拓磨さんはずっと落ちついた大人に見える。
 最近全然私たちとも遊んでくれないし、彼女くらいいるよね…
 隣の席の果歩ちゃんは、相変わらず小さくて、向かいに座った中学に上がったばかりの新くんから、しょっちゅう口喧嘩を仕掛けられてる。少しは言い返せばいいのに、果歩ちゃんは、空想屋というか、ひとりで自分の世界に入り込むところがあって、口で攻撃されたくらいでは全然気にしないのだ。それが新くんの癪に触るみたいだ。
 まったく子供なんだから。
 
 私は自分の将来で忙しい。
 拓磨さんみたいに東北大に進んだら、親はきっと喜ぶ。
 でも、それだとこの街からずっと出られないな、と思うと寂しい。 
 東京に行ってみたいし、もっというと海外にだって出てみたい。 
 私大の方が学費はかかるし、東京に行けば下宿代だってかかるけど、それくらいうちは蓄えてくれてるはずだ。
 こうして、昔から知ってるいとこや親戚のような人たち過ごすのは居心地がいいけど、違う世界も見てみたいな、と思う。
 きっと高校生になれば、私の世界はもっと広がるはずだ。
 いい子をするより、自由になりたい。
 そのためにはどうすればいい?
 豪華な食事を前に、私の頭はフルスロットルで動いていた。
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