第2話 謎の声

文字数 1,473文字

 私は薄気味の悪さを感じて、ラジオを消そうとした。この車、古いし安かったけど、まさか事故車? 変なものが憑いてるとかじゃないでしょうね。スイッチをカチッと押して消す。消した、はずだった。

 しかし、声は消えなかった。

「ねえ、カナさん。すこしお話ししませんか」

 ぞっとした私は、手の平に冷たい汗をかきながら、どこか車を止められるところはないかと探した。あいにく、すでに高速に乗ってしまっており、退避できるスペースもすぐには無さそうだった。

「カナさん、怖がらなくても大丈夫。なにもしません。私はただ、お話しがしたいだけなんです」

 その声は優しく、少し物悲しく。たしかに恐ろしい感じはしなかった。もとより、自分がいまから死にに行こうとしているのに、霊を怖がっているなんて滑稽にも思えた。私はやや落ち着きを取り戻すと、とりあえず返事をしてみた。

「あなたは誰? 死んだ人?」

「うん、まあ、死んだといえば死んだんですけど、そんな単純なものでもないんです」
 
 少し間をおいて、

「ねえ、カナさん。あなたは今から、死にに行こうとしているんですね」

「……そうだけど。よくわかったわね」

「私、知っているんです。あなたのこと」

「え、どこかで会ってる? でも友達で死んだ子なんていないけど。死んだお母さんの声でもないし」

「会ったことはないんです。でも、私はあなたを知っているんです」

 何を言っているのかよくわからない。だけどもう、どうでもいい。どうせ私も、もうすぐ死ぬんだから。

「ねえ、カナさん。どうしても、どうしても死なないとダメでしょうか」

 声は、どこか必死な様子を漂わせながら、急にそんな事を聞いてきた。今さらな質問をされた私は、大きなため息をひとつ漏らすと、一気にまくし立てた。

 「私のこと知ってるんなら、和樹のこともわかるよね。他の女と子どもまで作っちゃって。もう、絶対に無理。和樹は永遠に帰ってこない。私から離れて、遠くに行ってしまった。だから私には、この道しか残されてないの。
 年だって、もうすぐ31になる。これからたった一人で生きていくなんて無理、いつも和樹が側にいたんだから。私にはもうなんにもないの。生きていくのがわからない。なんにもなくなっちゃって、私はなんにもできない」

 言いながら私は、思わず号泣してしまった。目の前がかすみハンドルを持つ手が震える。

「カナさん! あぶないですよ、しっかり前を見て運転しないと。事故でも起こしたら大変な事になりますよ!」

 ……それもそうだ。高速道路で事故して死んだら、それこそ周りを巻き込んでの大惨事になってしまう。そんな死に方はちっとも求めていない。私は気を取り直して、手の甲で涙を軽くぬぐってハンドルをしっかりと握り直した。

「あなたの言う通りね。目的地に着くまでは、しっかりしてないといけないわ」

「カナさん、よかった。安心しました」

 声に実体があったら、大きく胸を撫で下ろしているような雰囲気だ。しかし私は続けて、

「でも、どのみち死にに行くんだけどね」

 声は少し黙り込んだ。

「カナさん。私、カナさんのことが大好きなんです。私、カナさんにすごく会いたいんです」

「あなたが誰なのか、お化けなのか知らないけど、死んだら会えるってこと?」

「違います!! カナさんが死んだら、いま死んじゃったら……私たち決して会えないんです、……っううう……だから死んじゃだめ、私カナさんに会いたいの、会いたい会いたいうあああああん」

 今度は、声の方が泣き出してしまった。

「ちょ、ちょっと、やだ泣きたいのはこっちなんだから。泣かないでよ」
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