第3話 やっと会えたね

文字数 779文字

 不思議なことに、それはどこかで耳にしたような、懐かしく愛おしい泣き声だった。ねえ、そんなに泣かないでよ、私まで悲しくなっちゃうじゃない。よしよし、ほらこっちおいで、いい子いい子。ね、もう泣かないで。

 私はなぜだかとても優しい気持ちになり、とにかく声を悲しませるような事をしてはいけないと、強く思った。そこに理由なんてない。
 私はただひたすらに、この声を守らなければ、という義務感のようなものに駆られていた。そしてそれこそが私のすべき事なのであり、私という存在をこの世に繋ぎ止める理由になるのだと、確信めいたものを感じていた。

 そうだ。私にはやるべき事が、守るべきものがきっとある。

 私は説明のつかない、しかし確固たる信念に頭の中を支配され、改めてハンドルを固く握り直した。涙はもう乾いていた。いつの間にか、ラジオもDJによるおしゃべりに戻っている。

 家に帰ろう。

 大泣きした事もよかったのか、私はむしろ清々しい気持ちになり車を走らせた。そして心の中には、何か暖かいものが芽生えていた。

*

 あれから、3年の月日が流れた。

「フミャアフミャア」

「あらー、産まれましたよ! 女の子ですね。ほら、じゃあママのお胸の上に乗りますねー」

 私は寝たまま首をかしげるようにして、胸の上に抱きつくような形で置かれた、産まれたばかりの赤ちゃんを見た。目があった、ような気がした。するとその瞬間、

「ママ、ありがとう」と、はっきり伝わってきた。

「え?」

「ママ、あの時死ななくて、今こうして、私を産んでくれてありがとう。私、ママに会えて本当にうれしいの」

 ……私は涙が止まらなくなった。看護師さんがやさしくティッシュを渡してくれた。

 産まれたての赤ん坊がしゃべるはずもなく、ましてや視力も定まっていないから目が合うなんてこともない。それでも、私はたしかに、メッセージを受け取ったのだ。
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