4話「突然のこと」

文字数 2,419文字




翌朝私が目覚めた時に、お父さんはもう朝食を済ませて出かけるところらしかった。その時お父さんが私を見て、「どこに行ってたんだ昨日」と聞いてきた。その様子は何か不満げで気に入らない様子で、私はちょっと怖かった気持ちもあったけど、何よりその父親の容赦のない言葉に傷つき、思わず黙り込んでしまう。すると、脇からお母さんが説明してくれた。

「お友達と遊びに行ってたんですって。そう遠くもなかったし、どうしても遅くなるだけだったみたいよ」

お母さんが「ライブ」という言葉を出さなかったのは、近頃本当に短気になったお父さんを刺激しないためだったんだろう。でも、それは無駄だった。お父さんは苛立たしげにため息をつき、手に持っていた鞄の持ち手を大仰に持ち直す。

「とうとう娘がぐれたのか!どいつもこいつも、勝手にしろ!」

私とお母さんは言葉を失くし、その場に立っていた。その間にお父さんはどかどかと玄関まで歩いて行き、バタンと思い切り扉を閉めた。

「…凛、ごはんにしましょう…学校に行かなけりゃ…」

お母さんは唇を震わせ、玄関を睨んでいた。私は一体何を言えばいいのかわからなくなって、「うん」とだけ返事をした。




学校に着くと、いつもの雑音だらけのクラスに入って席に就く。近頃では、私に話しかけてくる生徒はもういない。後ろの席の木野美子も、この間、私を見ながら他の女子生徒と何やらひそひそと話しているのを見た。それに、クラスに入ると男子生徒たちは私を見てニヤニヤとして、あからさまに避けるようになった。

もちろん私はそれでよかった。裏で何を言われているかは知らないけど、とてもそんなことには構っていられない。高校生にだって私生活がある。学校だけがすべてじゃない。

それに、やっぱり昨日観た“シスピ”のステージのことを考えると、クラスメイトが私をどう思っているのかなんて、どうでもよかった。

“ルイの笑顔、素敵だったな。チルが一人で歌う一番高いところ、ミリーが途中で入れるラップ、ココのジャンプも、スーのフェイクも、リリーの高いコーラスも…全員で合わせて歌う以外にも見せ場があって、それに、全員一緒になったら、それこそ世界一なんだもん!”

私はそんなことを考えながら、一番好きな曲、「Suddenly」を頭に思い浮かべて、切ない歌詞をなぞっていた。

“Suddenly 君がいなくなって 僕は一人だけど まだ終わりじゃない 最後まで君と 最後まで君と ずっと隣で”

悲しい曲だけど、私はなぜかこの曲が一番好きだった。自分が落ち込むことが多いからかもしれないけど、間違いなくこの曲には一番大切な気持ちが詰まってると思っていた。


すると突然校舎内に、「ガガッ、ガッ」という、放送室でマイクを入れた音が聴こえてきた。

「全校生徒にお知らせします。本日、緊急で全校集会を行いますので、各担任の指示に従い、体育館に集合してください…」

クラス中から、「なんだろう」、「なんだろうね」という囁きが聴こえて、そのうちに担任教師が慌てて教室にやってきた。私達は高校生らしく、のんべんだらりとそれについていった。



200人ほどの生徒がきちんと整列するまでは時間が掛かったけど、生徒達はみんなが“一時間目が短くなってラッキー”とでも思っていたのか、大して騒がなかった。そして、体育館の檀上には校長先生が上がる。校長先生が急に話し出すなんてほとんどないことだし、それでまた「なんだろうね」のざわめきは起こった。でも、校長先生がマイクに向かって一つ咳払いをすると、やがて静かになった。

誰もがだるそうに足元をもじもじさせながら、大して校長先生に注目していなかった。私は身長が低いし、一学年だから、檀上がよく見える前列の方に居て、校長先生がさびしそうに、厳しい顔をしているのが見えた。ためらいがちに口を開くと、先生はこんなことを言った。

「今朝は皆さんに、悲しいお知らせをしなくてはなりません。昨晩、一年三組の内田隆康君が、亡くなりました」

私は、そこから先を聞いていなかった。いや、聞くことができなかった。





目を覚ますと私の目の先には、ところどころ虫食いのような模様のある我が校の天井があって、そこからぐるりと回りを取り囲む薄緑のカーテンが下がっているのが見えた。私はベッドに寝転んで、布団を掛けられていた。背中に少し硬い保健室のベッドが押しつけられていて、ガサガサと引っかかる布団のシーツが首元にまといついた。でも、なぜかその感覚がどこか遠い。

“なんで私、保健室なんかにいるんだろう?どうしたんだっけ…?”

頭がぼーっとして、上手く働かなかった。でも、しばらくすると急に胸に寒々しい不安が押し寄せ、“思い出した”と思った時、私は自分の顔がくしゃっと歪むのがわかった。

“そうだ…校長先生が、「内田たかやす君が亡くなった」って、言ったんだ…”

どこか夢うつつだった気分は消し飛んで、私は胃の中身がぐるぐる回っているような吐き気がした。指先がひどく冷えて、震えている。

“なんで?なんでよ。あんなに元気そうに笑ってたじゃない。なんで。なんでそんなに簡単に、死んじゃうのよ…”

私は何が起きているのかがわからなかった。それに、たかやす君がなんで死んじゃったのかもわからない。でも、校長先生がわざわざ全校生徒を集めてそんな縁起でもない嘘を言うはずなんかない。

私は床に向かってよろけながら足を下ろし、ふらふらしたまま、先生の居ない保健室から出る。もう授業は始まっているようで、廊下には生徒の姿もなかった。私の足は、ひとりでにあの階段へと向かう。

自分の体がどうして動いているのかがわからなかった。でも、全身がひどく軽く感じて、少しでも力を入れれば体が左右に大きく振れた。息の切れるのも構わず急いで階段を上り、最上階の扉に体でぶつかるようにして、屋上に飛び出した。そして私はそのまま、へなへなと座り込む。

そこには、誰も居なかった。






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