8話「それは決まって真夜中に」

文字数 2,232文字





家を出ても、私には行く先なんかあるはずはなかった。そりゃそうだ、高校生なんだから。それに、私が住んでいるのは地方都市からも少し外れた場所だったので、深夜十二時半を過ぎても動いている公共交通機関なんかなかった。子供が一人でタクシーを呼ぶわけにもいかない。体は疲れているから長く歩くことも出来そうになかった。

それでも、私は早くどこかに行きたかった。だから私は適当に近場の、お母さんに見つからないだろう目的地を目指した。

「ネカフェかな…?」

行き先に納得していないからか、それとも疲れていたからか、私はよろよろとした足取りで、最寄りの駅の近くまで歩いて行った。




結構時間が掛かってしまったけど、私はやっとインターネットカフェに着いた。普段あまり使っていないお小遣いと、それから貯金箱の中身も持ってきたので、計一万五千円が手元にある。ネットカフェで使うにしては豪勢過ぎることだって出来そうだった。

もちろんそのお金でタクシーを呼んで、電車が動いている地区まで連れて行ってもらうことも出来たんだろうけど、私はこの時何を考える余裕もなくて、この時には、それが精一杯だったんだと思う。

私は、ビルの二階だけを使っている古く小さなネットカフェまで階段で上がる。それから、汚れでくすみ、少しがたつく自動ドアをくぐった。



「いらっしゃいませー。お一人様ですか?」

「は、はい…」

「プランはどれになさいますかー、三時間パック、フリータイムとございますー」

ネットカフェの店員さんは、店の名前がプリントされた青いエプロンを着けていて、メガネを掛けた背の高い男性だった。私はなんとなく、「未成年だってバレたら入れてもらえないかも…」と考えた。だからなるべく淑やかな女性らしい喋り方を意識して、「フリータイムをお願いします」と言った。

店員さんは大して気にも留めないのか、私を見もせずに、「ではこちらの、部屋番号は26番で、あちらの通路を右に曲がるとございます。ヘッドフォンございますので音声出る場合は必ずパソコンに繋いでお使い下さい」と、どこかこなれて片手間のような敬語を話し、レシートを挟んだ小さなクリップボードを渡してくれた。そこには確かに「26」とあった。





両側に漫画が詰められた本棚がぎちぎちにそびえ立った狭い通路をいくらも歩かないうちに、私は席に就いてドアを閉めてから荷物を下ろし、小声で、「どうしよう…」と言った。


どうしようもこうしようもない。明日も学校がある。学校なんかもう行く気になれないけど、朝になればお母さんが私を探すだろう。

そこで私ははっと気づいて、スマートフォンを取り出した。ホーム画面を開こうとすると、お母さんから着信が五件あった。


“無視しよう…。ここで電話なんかしてられるはずもないし、それに今は戻りたくない。お母さん、ごめんね…”


私の頭の中はもうめちゃくちゃだった。そしてそのめちゃくちゃな中で、ある曲が思い出される。その曲のタイトルは「Suddenly」。それは好きな人との別れを歌った悲しい歌。今晩、ずっと私の頭を追いかけてくる曲。


何もしていないのもどんどん不安になってくるし、と思って、私はパソコンで動画サイトにアクセスして、傍らに下げてあったヘッドフォンをパソコンに繋いだ。頭にかぶってみるとだいぶ大きいので、少しバンドを縮める。


“シスピ”の公式の動画ページに行くために、動画サイトの検索バーに“Sister P”と入力してみると、いつも通りスマートフォンでも観られるチャンネルが出てきた。


“パソコンってあんまり触ったことないから、ちょっと使いづらいな”


そうは思ったけど、私はマウスで好きな曲のサムネイルをクリックした。その曲を聴けばいつでも元気が出て、“もう一度やり直そう!”と思える曲だった。でも、それもこの日ばかりはダメだった。


“ダメだ…。なんにも湧いてこない…”


悲しい気持ちは治まらないし、虚しさも消えなかった。それ以上聴いていても、無理に励まされているようで辛くなる気がして、私はやむなく「Suddenly」を聴いた。これはたかやす君と出かけて行った“シスピ”のライブでも歌われていたし、私はPVを観て、あの時に感じていたことすべてが胸に蘇った。


嬉しそうに目を細めて、ステージからの虹色のライトを浴び、時々私を振り返っては満足そうにはしゃいでいた、たかやす君。


“それなのに、どうして?”


私はもう一度その気持ちをなぞった。それから、学校の保健室でみずほさんから聴いていたことも思い出す。


“たかやす君は、私が好きだった”


それが本当に本当かどうかは私にはわからないけど、もしそうだったなら、なぜ私に何も言わずに居なくなってしまったんだろう。たかやす君の悲しみはどこにあったんだろう。なぜそれをみずほさんにも、私にも話さずに、たった一人で決めてしまったんだろう。


でもそれは、もう誰にも確かめられない…。


私はいつの間にか仰向けにリクライニングチェアに横になり、長袖のシャツを目に押し当てて、声を殺して泣いていた。悲しかった。悲しかった。私の心は何かにズタズタに切り裂かれて、そしてその中から鮮血のような気持ちが溢れ出す。


“たかやす君…もう私だって…死んじゃいたいよ…”


私は頭が重くてくらくらする中で、横になっていた恰好から起き上がる。それから、動画サイトを閉じて検索サイトを立ち上げた。そして、その検索バーに、「自殺」と入力し、エンターキーを押した…。







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