えっと……この小瓶の中身、紅茶なの? 冷たいけど……
聞く前に、その腹ペコの虫に紅茶を飲ませてやりなさいよ
瓶の蓋をそっと開けると、紅茶の香りがふんわりと立ち上ってきた。手をかざしても、全然湯気は立っていない。
ゾーイがあたりを見回すと、石像の近くに、ふちの欠けたカップがひとつ転がっていた。
(さっきテーブルの上にあったティーセットのカップが残ってたのかしら?)
ゾーイは手に取り、カップに瓶の中身を注いだ。
そのとたん、湯気の塊がふわりと立ちのぼり、紅茶は熱々になる。
言ってから、はっとしたようにゾーイは口元を引きしめた。
ち……違うわ。こんな得体のしれない飲み物、あたしは飲んだりしない
蝶はいつの間にかゾーイの手元に留まっていて、器用に脚でラベルを少しちぎり取った。それをぽとりとカップの中に落とす。
蝶は何でもないかのように言う。
MEの文字は滲んで色を消し、ラベルは溶けだして白い模様を描き、クリームをいっぱい溶かしこんだ美味しそうな紅茶になっていた。
蝶は後ろ足で器用にカップのふちにつかまり、頭を浸すようにして飲み始めた。
すると、急に蝶の姿が変わり始めた。
角砂糖なのに頭はそれほど溶けない。インクを吸うペンみたいに、どんどんと紅茶を吸い上げていく。
頭はうっすらと紅茶色に染まって、どんどん輪郭が滑らかになっていくように見えた。と同時に、薄黄色だった羽に少しずつ模様が入り始めた。見ていると、それはどんどんとはっきりしてくる。
飲み終えるころには、その羽はブドウパンに、体はラスクに、頭はゾーイの見たことのないものに変わっていた。ゾーイは「ワサンボン」というものを知らなかったのだ。
蝶はゾーイの手の上で食後の子供みたいにころりとひっくり返った。
そこに、ゾーイは話しかけようとする。
ゾーイは大きく踏みこんで声を上げたが、それっきり、音はしなかった。