- 4 -
文字数 927文字
当たり障りのない世間話をしながら、行先は相手に任せていると、いつしか職場の近くにまでやってきていた。
いつもの通りを渡り始めると、ライアンがさっそく駆けつけてきて、道を掃いた。
渡り切ったところでチップを出そうとすると、押しとどめてレイモンドが出す。いつもの何倍ものそれに驚いたのか、ライアンは帽子のつばを上げ、じっと見つめた。
「そういえば、先日従姉妹が、このあたりでヘアピンを落としたそうでね」
その視線から逃げるように店の方を向くと、レイモンドは唐突に言った。
そこには、例の筆記具の店の前があった。
あのミステリアスな美女は、この男の従姉妹だったのか。モリスは息を飲んだ。たしかに、すみれ色の瞳がよく似ていた。
「こんな場所じゃ、誰かに拾われて、もうとっくに売り払われてるかな。なかなか高級な品物だったそうだし、良い値段がついたろう」
諦めたような口調に、言い出さずにはいられなかった。
「ここにあります。拾ったので、いつかお返ししようと、あちこちに伝言も頼んでたんです。お渡ししておいてくれますか」
いつもポケットに入れていたヘアピンを取り出した。
「へえ、君……、ずいぶん馬鹿正直なんだな」
レイモンドは目を丸くして受け取る。
モリスにはすでに直接返す気持ちはなくなっていた。
この若い貴族の従姉妹だというのなら、あの女性も当然同じ身分だ。一介の雇われものである中産階級の自分と、どうにかなるような身分ではないだろう。
要するに、失恋したわけだ。
「君みたいな人なら、信頼に値する。ホッブス夫人に推薦しておこう。それじゃ、僕はここで帰るよ」
そう言って、辻馬車を止める。乗り込んで手を振るのに軽く会釈し、モリスは通りを引き返した。
ライアンがまた掃いてくれる。元の通りに戻ったときに、なにかもじもじとしているので、チップを渡しながら訊いてみた。
「どうしたんだ」
「あの…あのさ、旦那、靴」
「靴?」
それがどうしたのだろう。モリスは首を傾げた。
「このあいだの女の人と、今の人。同じ靴、履いてた」
「え?」
「変だと思ったんだ。ドレス着てるのに、男物の靴を履いてるなんて」
ライアンは仕事柄、裾を持ち上げたドレスの内側がよく見える。
そして、それは、つまり……?
いつもの通りを渡り始めると、ライアンがさっそく駆けつけてきて、道を掃いた。
渡り切ったところでチップを出そうとすると、押しとどめてレイモンドが出す。いつもの何倍ものそれに驚いたのか、ライアンは帽子のつばを上げ、じっと見つめた。
「そういえば、先日従姉妹が、このあたりでヘアピンを落としたそうでね」
その視線から逃げるように店の方を向くと、レイモンドは唐突に言った。
そこには、例の筆記具の店の前があった。
あのミステリアスな美女は、この男の従姉妹だったのか。モリスは息を飲んだ。たしかに、すみれ色の瞳がよく似ていた。
「こんな場所じゃ、誰かに拾われて、もうとっくに売り払われてるかな。なかなか高級な品物だったそうだし、良い値段がついたろう」
諦めたような口調に、言い出さずにはいられなかった。
「ここにあります。拾ったので、いつかお返ししようと、あちこちに伝言も頼んでたんです。お渡ししておいてくれますか」
いつもポケットに入れていたヘアピンを取り出した。
「へえ、君……、ずいぶん馬鹿正直なんだな」
レイモンドは目を丸くして受け取る。
モリスにはすでに直接返す気持ちはなくなっていた。
この若い貴族の従姉妹だというのなら、あの女性も当然同じ身分だ。一介の雇われものである中産階級の自分と、どうにかなるような身分ではないだろう。
要するに、失恋したわけだ。
「君みたいな人なら、信頼に値する。ホッブス夫人に推薦しておこう。それじゃ、僕はここで帰るよ」
そう言って、辻馬車を止める。乗り込んで手を振るのに軽く会釈し、モリスは通りを引き返した。
ライアンがまた掃いてくれる。元の通りに戻ったときに、なにかもじもじとしているので、チップを渡しながら訊いてみた。
「どうしたんだ」
「あの…あのさ、旦那、靴」
「靴?」
それがどうしたのだろう。モリスは首を傾げた。
「このあいだの女の人と、今の人。同じ靴、履いてた」
「え?」
「変だと思ったんだ。ドレス着てるのに、男物の靴を履いてるなんて」
ライアンは仕事柄、裾を持ち上げたドレスの内側がよく見える。
そして、それは、つまり……?