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文字数 927文字

 当たり障りのない世間話をしながら、行先は相手に任せていると、いつしか職場の近くにまでやってきていた。
 いつもの通りを渡り始めると、ライアンがさっそく駆けつけてきて、道を掃いた。
 渡り切ったところでチップを出そうとすると、押しとどめてレイモンドが出す。いつもの何倍ものそれに驚いたのか、ライアンは帽子のつばを上げ、じっと見つめた。

「そういえば、先日従姉妹が、このあたりでヘアピンを落としたそうでね」

 その視線から逃げるように店の方を向くと、レイモンドは唐突に言った。
そこには、例の筆記具の店の前があった。
 あのミステリアスな美女は、この男の従姉妹だったのか。モリスは息を飲んだ。たしかに、すみれ色の瞳がよく似ていた。

「こんな場所じゃ、誰かに拾われて、もうとっくに売り払われてるかな。なかなか高級な品物だったそうだし、良い値段がついたろう」

 諦めたような口調に、言い出さずにはいられなかった。

「ここにあります。拾ったので、いつかお返ししようと、あちこちに伝言も頼んでたんです。お渡ししておいてくれますか」

 いつもポケットに入れていたヘアピンを取り出した。

「へえ、君……、ずいぶん馬鹿正直なんだな」

 レイモンドは目を丸くして受け取る。
 モリスにはすでに直接返す気持ちはなくなっていた。
 この若い貴族の従姉妹だというのなら、あの女性も当然同じ身分だ。一介の雇われものである中産階級の自分と、どうにかなるような身分ではないだろう。
 要するに、失恋したわけだ。

「君みたいな人なら、信頼に値する。ホッブス夫人に推薦しておこう。それじゃ、僕はここで帰るよ」

 そう言って、辻馬車を止める。乗り込んで手を振るのに軽く会釈し、モリスは通りを引き返した。
 ライアンがまた掃いてくれる。元の通りに戻ったときに、なにかもじもじとしているので、チップを渡しながら訊いてみた。

「どうしたんだ」

「あの…あのさ、旦那、靴」

「靴?」

 それがどうしたのだろう。モリスは首を傾げた。

「このあいだの女の人と、今の人。同じ靴、履いてた」

「え?」

「変だと思ったんだ。ドレス着てるのに、男物の靴を履いてるなんて」

 ライアンは仕事柄、裾を持ち上げたドレスの内側がよく見える。
 そして、それは、つまり……?

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