- 3 -

文字数 831文字

 その日からのモリスは、なにをするにも上の空だった。株を売り損ないかけ、食事はろくに咽喉を通らず、睡眠は浅い。同居している母親はうろたえるばかり。
 日に日にげっそりやつれた姿に、ライアンさえもが同情する始末だった。
 そんなある日、急に訪ねて来た人間がいた。

「こちら、モリス・モリソンさんのお宅で間違いないでしょうか」

 高級な仕立ての服を着て、モリソン夫人に丁寧な礼をした若い青年は、どう見てもどこかのやんごとない貴族の令息に見えた。
 まだ少年っぽさが残っているが、整った顔立ちと優雅な物腰に、夫人はうっとりした。
 しかしモリスはといえば、そんな人間に尋ねられる覚えはなく、居間へと降りて来て対面したはいいが、内心とまどうしかない。

「やあ、突然失礼した。僕はレイモンド・ウィンバック。よろしく」

 相手は爽やかに言った。
 ウィンバック家といえば、裕福さで有名な男爵家だ。物腰から見て、そこの血族の誰かに間違いないだろう。ますます心当たりがない。

「実は、君が入居したいと言っている下宿のホッブス夫人に頼まれてね。どんな人物なのか、確かめてきて欲しいというんだ。正直、モリス・モリソンなんてふざけた名前、偽名かと思ったよ」

 モリスは受け流した。子供の頃から名前でからかわれるのは慣れている。母親がモリソン(モリスの息子)という意味の姓の男と再婚したのは、自分のせいではない。
 ただ、正直驚いた。貴族でもなんでもないホッブス夫人の便宜のために、上流階級の人間がわざわざ出向いてくるとは。

「そういうことでしたか」

 たしかに、モリスは近々家を出て下宿暮らしをする予定でいた。今の実家だと、職場がすこし遠いのだ。
 探してみたところ近い場所に最適な下宿があるというので、先週申し込みに行って、返事を待っているところだった。

「さて、どうだい。散歩がてら、話でもしようじゃないか」

 そう言われ、渋々ながらも従うことにした。悪印象を持たれてあることないこと吹き込まれては、まとまる話もまとまらなくなる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み