第9話

文字数 2,069文字



なんでもない話なんだ、考えてみれば。サチのあのドミノの話も空想の一つ。僕が大きくなるにつれて、ドミノの話は本当のことじゃないって気づくようになってきた。

でも僕が初めて飛行機に乗って雲の上から雲を眺めたとき、思わず泣いてしまった。ずっと気づいていて、ずっと知ってたんだけど、どこかで僕は雲の上のドミノは存在しないんだってことを信じたくなかったのかもしれない。

僕は走って機内のトイレに向かって、少しの間、止まらない涙を流れたいだけ流れさせてやった。大人になるってどういうことなのかな。僕は何か大事なものを落としてこなかったかな?

朝起きてみると、たまにだけど、昨日頑張ろうと思っていたことや、今頑張らなきゃいけないことや、自分のすべきことだと思っていたこととかが全部、自分の中からなくなっちゃってしまったような気がする。昨日までの自分のそういったもの全てが誰かのところにすぅって、飛んでっちゃたみたいな、そんな気にさせられることがあるんだ。そんなときに思う。僕のやってきたことなんて、ただの夢だったんだって。

でも僕はまた昨日と同じようになにかを目指して、なにかを夢見て、また一日を生きていく。生きていかなきゃいけないんだと思う。だから、例えば、小さい頃からパイロットになりたいと思っていた人が大人になって本当にパイロットになってたりするとほんとすごいと思うんだ。ずっとずっと、毎日毎日夢を見て、起きても覚めずに夢を追っかけたんだから。寝て起きたら消えてしまう夢をずっとずっと追いかけたんだから。

僕にはできなかった。格闘技も結局やめちゃったし、今普通の会社員だし、毎日起きては仕事して、帰って飯食って寝ての繰り返し。死ぬまでこうなんだと、ふと思ってしまうときに自分にぞっとする。でも、僕はそれでもいいと思う。どれだけ頑張ってない人も、どれだけ頑張っている人も、同じようにみんな夢を見て夢を持ってる。それがどれだけ小さくても大きくても誰にだって夢はあるんだ。それが一日で終わったとしてもそれでいいじゃん。僕にはまた夢がある。

でもこんな話はほんとくだらない。「夢」とか「したいこと」とか「頑張る」とか「毎日同じ繰り返し」とか。おそらくみんな耳にタコができるくらい色んな本や映画、もしくは友人や家族から聞いたと思うからだ。いくらいい話でも、聞きすぎたら誰でも飽きる。

よく年配の方々が今の若者は何をしても続かないからだめだ、みたいなことを言っている。だけど、もしかしたら今の若者は色んなことにただ飽きちゃっただけなのかもしれないと、僕は思う。物には必ず「捨て時」ってあるんじゃないかな?僕はできれば古い物は捨てて、新しい物がほしい。

僕の場合、小さい頃ガンダムのプラモデルにハマっていたんだけど、あの新しいガンダムを買ってもらったときの喜びにはなんとも言えない味わいがある。母さんの買い物に付いていって、飽きるくらい見慣れたスーパーなのに、その時ばかりは目に付くもの全てにわくわくするんだ。

欲しかったけど買ってもらえなかった他のガンダムのプラモデルも、女の子がおままごとに使う僕にはよくわからない人形やおもちゃたちにもわくわくしている。おいしくないお子様ランチを出してくるレストランも、白い階段の白い手すりも、その階段の横に設置されたエスカレーターにも、みんなわくわくしているんだ。みんなが僕のわくわくに合わせて僕と同じようにわくわくと動く。

そういった不思議な楽しい感覚を新しく買ってもらえたガンダムのプラモデルは僕に届けてくれていた。まぁ、とにかく、飽きたら新しい物がほしくなるってことなんだ、僕が言いたいことは。くだらない話のせいでみんなの耳にまたタコが一つ増える前に、ケンの話をしようと思う。

ケンと出会ったのはいつだろう?とりあえず、小学生の頃のことはあんまりはっきり覚えてないから、中学生のときの話をする。

あっそうだ。ケンと初めて会ったのは中学校の入学式のときだ。僕は小学校を卒業して、みんなはそのまま地元の中学に入ったんだけど、というか僕もみんなと同じように地元の中学に行くと思っていたんだけど、父さんが勝手に私立の中学に願書を送ってたんだ。僕にはなにも知らせずに。

だからある日僕が放課後先生に呼ばれ、「タカシ君私立の中学に行くんだってねぇ。意外と勉強熱心だったのね。感心したわ」と言われたときはなにがなんだかわからなかった。みんなとGOOD BYEしなきゃいけないんだということだけが頭をめぐり、僕はワンワン泣きながら怒りながら、ダッシュで家に帰った。

散々僕は父と母にわめきちらしたけど、僕がわめき疲れた後に一言、「明日面接だ」。

なんにも、同情も謝りもなく僕は軽くあしらわれて、僕の小学生活は幕を下ろした。あまりになんにも言われなかったから、僕もとりあえず明日面接なんだと身構えしてしまっていた。それで、合格して、僕の母校である中学に進学して、入学式でケンと出会ったというわけ。
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