十四

文字数 1,256文字

 エンジンルームの奥に機械室があり、床板を外せば船底が倉庫になっていた。気を失っている間に移されたらしい。エンジンが起動する轟音で目が覚めた。牛のような男が目の前に座ってる。腹の辺りがまだ痛む。
「起キタカ?」
「ああ、効いたぜ」
 牛男が満更でもないような笑みを浮かべる。
「モウ一度聞ク、タザキサン、アンタ、ドウシテコノ船ノコト嗅ギマワッテイル?」
「何か調べられちゃマズいことでもあるのか?」
 牛男が苦笑する。
「ソンナ口ヲ叩ケルノモ今ノウチダ。タザキサン、日本ノ警察ハキットアンタヲ見殺シニスル」
「お前のボスはたいした大物らしいな」
「サアナ」
 とぼけて背を向けたと同時に牛男が振り返り、再びショウの腹に拳を突き刺した。速くはないが、桁外れのパワーがある。まるで石で殴られたようだ。今度はかろうじてみぞおちをかわしたが、腹が内出血しそうなほど重圧を感じた。
「痛イダロウ? 俺ノパンチ」
「ああ、いいパンチしてやがる」
 咳をしながら言った。
「そのパワーを真っ当に使おうとは思わなかったのか?」
 牛男の表情が曇った。
「ウルセエ、余計ナオ世話ダ、俺ノ力ヲドウ使オウガ、俺ノ勝手ダ。オ前ニ言ワレル筋合イハネエ」
「お前のボスも見る目がないな。お前ほどの怪力なら格闘技でもやれば、金持ちになれただろうに」
「俺ガ? 金持チニ?」
 牛男の表情が緩む。
「オ前、本当ニソウ思ウカ?」
「ああ、パンチを食らって失神したのはお前が初めてだ」
「ソウカ、初メテカ」
 喜々としている。どうやらこの男は、見かけによらず自尊心が高いらしい。
「お前、こんなところで燻ってないで、有能なトレーナーについて格闘技をやれよ」
「ボスガ、許サナイ」
「弱みでも握られてるのか?」
「ソレハ、言エナイ」
 明らかに態度が軟化している。
「俺をどうするつもりだ?」
「俺ハ知ラナイ、ボスニ、オ前ヲ痛メツケテ、コノ船ニ潜リ込ンダ理由ヲ吐カセルヨウニ言ワレタダケダ」
「日本の警察が何を調べているか知りたいってわけか」
「ソレモアルガ、タザキサン、ボスハ、アンタガ何者カヲ知リタガッテイル」
「それがわかるまで殺すなと言われているわけか」
 牛男が黄色い歯を見せた。
「タザキサン、アンタ、本当ハ何者ダ?」
「俺は日本の刑事だ」
 牛男が苦笑する。
「マア、イイ、他ニ何カ隠シテイルヨウダガ、イズレ吐カセテヤル。今夜ニハ、コノ船ハ、マカオヲ発ツ。上海マデハ海ノ上ダ。逃ゲルコトモ、助ケヲ呼コトモデキナイ。必要ナクナレバ、イツデモ海ニ捨テラレル」
 何故、コイツのボスは俺に興味を抱いたのだろうか? 心当たりは無かった。奴らと中国政府がつるんでいたとしたら、派遣先で日本の刑事が消えては困るのは理解できる。今頃、対処に困り、中国政府にお伺いをたてているのかもしれない。しかし、牛男の口ぶりからすると、奴らのボスは個人的にショウに興味を持っている。でなければ、すでに海の底に沈んでいても不思議ではない。もう何人もそうやって殺してきた、そんな口ぶりだった。奴は今夜、船が発つと言った。時間は余り残されていない。
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