十八

文字数 1,363文字

 その頃、ショウは地下六階の更に下、船底に密かに作られた倉庫に閉じ込められたまま、牛のような男に見張られていた。部屋の外はわからないが、ここには牛男一人である。余程、信頼されているに違いない。機械室へ上る板ハシゴがあるだけだ。薄暗い照明がチカチカして、揺れている。一応隠し部屋のようにはなっているが、肩で当たれば開いてしまいそうな上扉があるだけだ。大声を出せば上階に届く。しかし、誰かが通るとは考えにくい。両手が後ろで拘束され、鉄柱に括りつけられている。自らの手錠で拘束されるとは情けない。手錠の角が手首に食い込んで、内出血を起こしている。どうにかあの牛のような男を倒す方法はないだろうか? 腹の辺りが思い。さっき受けた一発のせいだろうが、一発でこのダメージだ。二発、三発とまともに食らったら、肋骨が折れる程度では済まないだろう。エンジンの不気味な振動が伝わる。
「おい、牛、お前のボスは一体何者なんだ? 何を隠したくて、俺をここに閉じ込めている?」
 日本語で話しかけたが、何となく理解しているようだ。牛男は退屈そうに鼻毛を抜いた。機械室にはインターフォン以外何も通信手段が無かった。空調は天井のダクトを通って来ているようだ。今は止まっている。やはり外からの助けが必要か。せめて手錠を外せたら、牛男と戦えるだろうか。
「お前、随分と力持ちだが、そのパワーをスポーツに生かそうとは思わなかったのか?」
 すると牛男がズボンの埃を手で叩きながら立ち上がった。
「アア、オ前ニモ俺ノ凄サガワカルノカ? 俺ハコンナチンケナ仕事ヲスル人間ジャナイ。俺ハ昔、オリンピックノ強化選手ダッタンダ。俺以上ノ力持チハイナイ」
 自分の体を叩き始めた。ショウが手錠の鎖を揺らす。ギンと鈍い音がして、牛男の視線が注がれた。
「ヒ弱ナオ前デハ、ソンナ鎖スラ外セマイ」
「お前の力なら外せるとでも言うのか?」
 牛男がニヤニヤしながら近づいてくる。顔を近づける。息がドブのように臭い。牛男が手錠の鎖を素手で断ち切ることができるのは本当だろう。
「コンナ鎖、ワケモナイ。ダガ、オ前ノ挑発ニハ乗ラナイ」
 黄色い歯を見せて笑う。
「なあ、牛男。お前、何でこんな所でいいように使われてんだ? お前程の能力があれば、もっと上の仕事ができるだろう」
 牛男はまた元の場所にドッシリと腰を降ろした。
「俺ダッテソウ思ウガ、地方ノ農村出身ノ俺ニハ都会ニ出タッテ、ロクナ仕事ニ有リツケネエ。怪我デオリンピックノ代表ニ洩レタ時点デ俺ノ人生ハ終ワッタンダ」
「そうか、怪我を・・・・・・それは残念だったな。だが、選手では陽の目を見なくても、指導者の道とか無かったのか?」
 牛男が苦笑する。
「アンタミタイナ、恵マレタ日本人ニハワカランダロウヨ。中国ノ農村ニ生マレタ者ノ現実ナンテナ。コノ国ハ人ガ多過ギル。平凡ナ人間ノ人生ハ、生マレタ時点デ決マッテンダ。チクショー」
 牛男の顔が赤黒く染まった。握った拳が震えている。どうやらこの男の感情を揺さぶったようだ。その時、倉庫のインターフォンが鳴った。牛男が出る。声は聞こえないが奴の口元が動いた。ショウには奴の口元の動きだけで十分だった。
「趙建宏・・・・・・」
 奴は確かにそう言った。受話器を置くと、奴が近づいてきた。ショウはもう一発顎に食らって、意識を失った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み