第7話 状況の理解と変わらない日々過ごしたいのと――
文字数 3,820文字
夕食を終えた後。
せめて自分にも片付けくらいはさせてくれと、二人分の食器洗いを申し出て。
その背中でずっと気になっている事を聞くことにする。
「アヤの入ってくる時に持ってきた、その大荷物がもしかしてこれからの事に関係したりする?」
アヤはこの部屋に(強制的に)乗り込んできた際。
その手には銀色の長細いアタッシュケースが抱えられ、彼女自身ごとこの部屋に持ち込んでいた。
このタイミングでやっと聞くことに踏み切ったのは、満を持してというか。色々あって恐縮が勝っていたので、二人の間の空気が少しずつだけれど緩むまで、一応つっこんだことは相手側から言われるまでは控えておこうと思ったがゆえだった。
アヤが立ち上がり、部屋の隅に避けておいたケースの元へと向かう。
食器も片付けられ、空いたテーブルの上に、ゴトリ、と重そうな音をたてて、彼女によってそのケースが置かれる。――ゴトリ?
「これは、遥のために用意された、遥がこの戦いで戦う為の武器」
バチンッバチンッと、ケースの両端のロックが外される音が鳴る
「――うわぁ」
ケースの中央に鎮座していたのは、どこか見覚えのある気がする、直線で重そうな一振りの剣だった
「名前くらいは聞いた事があるかもしれない。これは――天叢雲剣。別名、草薙の剣よ」
覚えのあるはずだ。学校の教科書とかで、見たことのある形状の、だけど何故か新品のように新しい、日本ではとても有名な剣の名前だった。
「ちょおっと待って! なんで、そんな、有名なモンが出てくんのさ?! 国宝じゃないの!? っていうか、伝説級のシロモノじゃあ――」
「これは、鍵よ。つまりそういう戦いだって事」
アヤは重たく、だけどそれが事実なんだと突きつけるように、はっきりと断言してみせた
「遥が戦ってゆくことになる相手も、それ相応の宝剣や伝承の武器を振るってくる」
覚悟しろ。
そう言われているようにも聞こえた。
「……いち企業の、アンケートじゃなかったの?」
話が違う。
意味を含めて問う
「アンケートだけ、が選定の基準じゃなかった。だとしたら?」
逆に問い返される
「遥、今は退部してるけど、あるでしょう。剣を振るった経験」
言葉に詰まる。
資格は、失っていない。
「特にあなたは、竹刀や木刀ではなく、実剣も振るえる」
それは子供の頃から叩き込まれていたもので、家と学校とゲーム三昧の怠惰な日常を送る中でも、唯一続けている習慣で。毎晩屋上で欠かさずそれをしないと落ち着かない程身に付いている。
「そういった全ての情報から、あなたが今回のプレイヤーに的確だと判断された」
こっちに来て以来、誰にもその事だけは知られていないと思っていた事だった。
「はは……」
乾いた笑いしか、出て来なかった。
はじめて聞く単語も含まれちゃいたが、なかなかどうして、事態は深そうだ。
「「私」が思っている以上の情報を、「そちら」は持ってるんだ?」
アヤは頷くも答えるもしなかった。
ただ、静かな笑みの形を私に見せた。
「はぁー……クーリングオフって、大事だよねぇ」
浮かれ気分から一転。そして戻ってきたのは
「しゃーない」
という現実肯定。
「えっ……あの、それで、いいの?」
「え? だって、キャンセル期間過ぎてるんでしょ? やるしかないじゃん」
むしろ、逆にアヤが狼狽えるような反応を見せてくれたのがまた新鮮だった。
「どのくらい相手すればいいんだっけ? HP失くなったらゲームオーバー。OK?」
「おーけぃ……」
「ま。しろーとがどこまでやれるかわかんないけど、やったろーじゃん。やれるところまで」
手を伸ばして、天叢雲剣――草薙の剣を手にとってみた。見た目通り、ずしりと重い。だけど、毎晩振るっている真剣と、同じかその前後って範囲だろう。
「あ、あと、これを耳に着けて」
言って、アヤはあわあわとスカートのポケットから、小さな小箱を取り出した。
私の目の前で、箱を上下に開いて見せる。
「……イヤーカフ?」
アヤが頷いた
「これを使って、戦っている最中の通信とか、言葉のやり取りとかをするの」
蒼いイヤーカフには小振りのチェーンが延びていて、ひらがなのつのような形状のものに繋がっている。
どう使うんだろう、と思っていると、アヤは箱からそれを取り出し、私のすぐ隣に立った。
剣を握っているままでいる私の左に立つと、「触れるね」と断りを入れて、私の髪を掬い、耳を露にさせる。ちょっとくすぐったい。
感触でだけれど、つの字を耳の後ろを通るように引っ掻けて、それに繋がるカフス部分を、耳いの軟骨部分に取り付けた。
「……痛くない?」
「だいじょうぶ」
通信と言っていたけど、どういう事だろうか
「相手が、どこかしらの宝剣・刀剣を所持していることは確定してるの。だけど、どこの国の人かは、会ってみないとわからない」
「もしかして、翻訳機みたいなもの?」
「そう。これで音を拾って、そのまま骨伝導で直接頭に日本語化して教えてくれる」
耳と髪から、アヤの感触が離れていった。今までつけたことのない、ちょっとした違和感だけが残されてる。
「じゃあ、歴史に強かったら相手のお国柄で武器とかも予想できたりすんのかな」
軽い感じで思い浮かんだのを口にしてみたけれど、返ってくる言葉がない。
はて? とアヤを伺うと、片手を口許に当てて、神妙な顔持ちをしていた。
黒髪、ストレートロング、柳眉が整っていて、日本人顔なのにそれこそ人形膳と綺麗な顔をしているなぁ。あ、自分を端末機って言ってたから、もしかして人間じゃないのか。
ちょっとショック。
「ううん、むしろ、武器=国籍の考え方は、今のうちに捨てておいたほうがいいかもしれない」
至極、真剣な表情のままアヤが言うには、割り振られている武器は、その人が振るうのに最も適した至宝が与えられているという話だった。
いやぁ、だけど私なんかに草薙の剣は、あまりに不釣り合いというか、宝の持ち腐れな気もするんだけど。
それに対してアヤは、答えを持っていた。
「だって、この武器。確かあなたがやってたゲームにも、アイテム装備で出てきたでしょう?」
ええええ? その程度の認識でいいモンなの?
そんなのでいいのかと、選出方法含めて激しく問い詰めたい。言い負かされる気しかしないので、しないけど。
「えーっと……あ、はい! 先生質問がありまっす!」
「せ……はい、なんでしょう」
アヤはまだ、敬語にしていのかどうか悩んでる節があったが、ここは普通にのってくれたので、こちらも思い付いた勢いそのままに言葉を繋げる。
「そもそも、かもしれないんだけれど、端末機って、おしゃべり相手って訳じゃあないんだよね? 相手の位置だけなら、このカフスからガイドされてもいいような気がするんだけれど、わざわざ別にしているのはなんで?」
しかし、これは予想していた質問案件なのかもしれない。アヤは別段考える様子も悩むようでもなく、さらりと
「それは単純な話よ。人間ていうのは、明確に『話し相手』というものがいないと、結構簡単に精神がおかしくなってしまう生き物なの。カフスは翻訳機、として存在させてはいるけれど、そっちに傾いた精神構造をしていない限り、自閉症になってしまうの。その対策で、わざと別々に分けている」
うーん、言っている事が難しい気もするが、考え方を変えてみた。
例えば、自分に置き換えてみる。
特別に深い仲の友人こそいないが、学校で全く話さないで済む日は、言われてみればそう無い。学食でご飯を買うにせよ注文するにせよ、挨拶なりお礼なりするし、「ええ」でも「はい」でも「どうも」でも、相手に発する言葉だ。
加え、ひとり家でゲームに耽っている時にでも、独り暮らしを始めて以来、気づかぬうちに独り言を発している事がままある。振り返らなければ、気づかないものだ。
「はあ、まあ、はい」
「……本当に、わかってる? それとも、バカにされているのかしら」
「違う違う! 納得してるんだってば、たぶん!」
睨まれ慌てて否定する。
いやぁ、出会い(?)が最悪のカタチにしてしまった事と、その要因が自分自身にあるだけに、後ろめたい気持ちが後を引いている。
さらに追い討ちかけているのが、実は目の前に居る、アヤの容姿が一因にあったりもする。
『自分くらいの女の子』――発注は確かにそうだった。
しかし、ゲーム大好きRPGでもシミュレーションゲームでも雑食にこなす遥からみて、とても理想的な美貌を用意されてしまっていた。
まさに、彼シャツでも着せたら映えそうな白い肌も、少し気の強い感じの眼差しも、括弧として(理想)意思を持っていそうな意思力も。
一見ツンケンしたカンジなのが、ゲーム好きとしてはむしろ、ごちそうさまです状態なわけで。
「ほんとうにきいているよ?」
「……はぁ」
ため息の理由を聞くまでの勇気はなかったが、きっとゲームに出てくるラッキーな主人公たちもこんな状況に一度ならずともたたされてきたんじゃないかと、いくつも積み上げているゲームの箱を思い浮かべれば、現実感の無い現状も飲み込める。遥はそういう人格をしていた。
せめて自分にも片付けくらいはさせてくれと、二人分の食器洗いを申し出て。
その背中でずっと気になっている事を聞くことにする。
「アヤの入ってくる時に持ってきた、その大荷物がもしかしてこれからの事に関係したりする?」
アヤはこの部屋に(強制的に)乗り込んできた際。
その手には銀色の長細いアタッシュケースが抱えられ、彼女自身ごとこの部屋に持ち込んでいた。
このタイミングでやっと聞くことに踏み切ったのは、満を持してというか。色々あって恐縮が勝っていたので、二人の間の空気が少しずつだけれど緩むまで、一応つっこんだことは相手側から言われるまでは控えておこうと思ったがゆえだった。
アヤが立ち上がり、部屋の隅に避けておいたケースの元へと向かう。
食器も片付けられ、空いたテーブルの上に、ゴトリ、と重そうな音をたてて、彼女によってそのケースが置かれる。――ゴトリ?
「これは、遥のために用意された、遥がこの戦いで戦う為の武器」
バチンッバチンッと、ケースの両端のロックが外される音が鳴る
「――うわぁ」
ケースの中央に鎮座していたのは、どこか見覚えのある気がする、直線で重そうな一振りの剣だった
「名前くらいは聞いた事があるかもしれない。これは――天叢雲剣。別名、草薙の剣よ」
覚えのあるはずだ。学校の教科書とかで、見たことのある形状の、だけど何故か新品のように新しい、日本ではとても有名な剣の名前だった。
「ちょおっと待って! なんで、そんな、有名なモンが出てくんのさ?! 国宝じゃないの!? っていうか、伝説級のシロモノじゃあ――」
「これは、鍵よ。つまりそういう戦いだって事」
アヤは重たく、だけどそれが事実なんだと突きつけるように、はっきりと断言してみせた
「遥が戦ってゆくことになる相手も、それ相応の宝剣や伝承の武器を振るってくる」
覚悟しろ。
そう言われているようにも聞こえた。
「……いち企業の、アンケートじゃなかったの?」
話が違う。
意味を含めて問う
「アンケートだけ、が選定の基準じゃなかった。だとしたら?」
逆に問い返される
「遥、今は退部してるけど、あるでしょう。剣を振るった経験」
言葉に詰まる。
資格は、失っていない。
「特にあなたは、竹刀や木刀ではなく、実剣も振るえる」
それは子供の頃から叩き込まれていたもので、家と学校とゲーム三昧の怠惰な日常を送る中でも、唯一続けている習慣で。毎晩屋上で欠かさずそれをしないと落ち着かない程身に付いている。
「そういった全ての情報から、あなたが今回のプレイヤーに的確だと判断された」
こっちに来て以来、誰にもその事だけは知られていないと思っていた事だった。
「はは……」
乾いた笑いしか、出て来なかった。
はじめて聞く単語も含まれちゃいたが、なかなかどうして、事態は深そうだ。
「「私」が思っている以上の情報を、「そちら」は持ってるんだ?」
アヤは頷くも答えるもしなかった。
ただ、静かな笑みの形を私に見せた。
「はぁー……クーリングオフって、大事だよねぇ」
浮かれ気分から一転。そして戻ってきたのは
「しゃーない」
という現実肯定。
「えっ……あの、それで、いいの?」
「え? だって、キャンセル期間過ぎてるんでしょ? やるしかないじゃん」
むしろ、逆にアヤが狼狽えるような反応を見せてくれたのがまた新鮮だった。
「どのくらい相手すればいいんだっけ? HP失くなったらゲームオーバー。OK?」
「おーけぃ……」
「ま。しろーとがどこまでやれるかわかんないけど、やったろーじゃん。やれるところまで」
手を伸ばして、天叢雲剣――草薙の剣を手にとってみた。見た目通り、ずしりと重い。だけど、毎晩振るっている真剣と、同じかその前後って範囲だろう。
「あ、あと、これを耳に着けて」
言って、アヤはあわあわとスカートのポケットから、小さな小箱を取り出した。
私の目の前で、箱を上下に開いて見せる。
「……イヤーカフ?」
アヤが頷いた
「これを使って、戦っている最中の通信とか、言葉のやり取りとかをするの」
蒼いイヤーカフには小振りのチェーンが延びていて、ひらがなのつのような形状のものに繋がっている。
どう使うんだろう、と思っていると、アヤは箱からそれを取り出し、私のすぐ隣に立った。
剣を握っているままでいる私の左に立つと、「触れるね」と断りを入れて、私の髪を掬い、耳を露にさせる。ちょっとくすぐったい。
感触でだけれど、つの字を耳の後ろを通るように引っ掻けて、それに繋がるカフス部分を、耳いの軟骨部分に取り付けた。
「……痛くない?」
「だいじょうぶ」
通信と言っていたけど、どういう事だろうか
「相手が、どこかしらの宝剣・刀剣を所持していることは確定してるの。だけど、どこの国の人かは、会ってみないとわからない」
「もしかして、翻訳機みたいなもの?」
「そう。これで音を拾って、そのまま骨伝導で直接頭に日本語化して教えてくれる」
耳と髪から、アヤの感触が離れていった。今までつけたことのない、ちょっとした違和感だけが残されてる。
「じゃあ、歴史に強かったら相手のお国柄で武器とかも予想できたりすんのかな」
軽い感じで思い浮かんだのを口にしてみたけれど、返ってくる言葉がない。
はて? とアヤを伺うと、片手を口許に当てて、神妙な顔持ちをしていた。
黒髪、ストレートロング、柳眉が整っていて、日本人顔なのにそれこそ人形膳と綺麗な顔をしているなぁ。あ、自分を端末機って言ってたから、もしかして人間じゃないのか。
ちょっとショック。
「ううん、むしろ、武器=国籍の考え方は、今のうちに捨てておいたほうがいいかもしれない」
至極、真剣な表情のままアヤが言うには、割り振られている武器は、その人が振るうのに最も適した至宝が与えられているという話だった。
いやぁ、だけど私なんかに草薙の剣は、あまりに不釣り合いというか、宝の持ち腐れな気もするんだけど。
それに対してアヤは、答えを持っていた。
「だって、この武器。確かあなたがやってたゲームにも、アイテム装備で出てきたでしょう?」
ええええ? その程度の認識でいいモンなの?
そんなのでいいのかと、選出方法含めて激しく問い詰めたい。言い負かされる気しかしないので、しないけど。
「えーっと……あ、はい! 先生質問がありまっす!」
「せ……はい、なんでしょう」
アヤはまだ、敬語にしていのかどうか悩んでる節があったが、ここは普通にのってくれたので、こちらも思い付いた勢いそのままに言葉を繋げる。
「そもそも、かもしれないんだけれど、端末機って、おしゃべり相手って訳じゃあないんだよね? 相手の位置だけなら、このカフスからガイドされてもいいような気がするんだけれど、わざわざ別にしているのはなんで?」
しかし、これは予想していた質問案件なのかもしれない。アヤは別段考える様子も悩むようでもなく、さらりと
「それは単純な話よ。人間ていうのは、明確に『話し相手』というものがいないと、結構簡単に精神がおかしくなってしまう生き物なの。カフスは翻訳機、として存在させてはいるけれど、そっちに傾いた精神構造をしていない限り、自閉症になってしまうの。その対策で、わざと別々に分けている」
うーん、言っている事が難しい気もするが、考え方を変えてみた。
例えば、自分に置き換えてみる。
特別に深い仲の友人こそいないが、学校で全く話さないで済む日は、言われてみればそう無い。学食でご飯を買うにせよ注文するにせよ、挨拶なりお礼なりするし、「ええ」でも「はい」でも「どうも」でも、相手に発する言葉だ。
加え、ひとり家でゲームに耽っている時にでも、独り暮らしを始めて以来、気づかぬうちに独り言を発している事がままある。振り返らなければ、気づかないものだ。
「はあ、まあ、はい」
「……本当に、わかってる? それとも、バカにされているのかしら」
「違う違う! 納得してるんだってば、たぶん!」
睨まれ慌てて否定する。
いやぁ、出会い(?)が最悪のカタチにしてしまった事と、その要因が自分自身にあるだけに、後ろめたい気持ちが後を引いている。
さらに追い討ちかけているのが、実は目の前に居る、アヤの容姿が一因にあったりもする。
『自分くらいの女の子』――発注は確かにそうだった。
しかし、ゲーム大好きRPGでもシミュレーションゲームでも雑食にこなす遥からみて、とても理想的な美貌を用意されてしまっていた。
まさに、彼シャツでも着せたら映えそうな白い肌も、少し気の強い感じの眼差しも、括弧として(理想)意思を持っていそうな意思力も。
一見ツンケンしたカンジなのが、ゲーム好きとしてはむしろ、ごちそうさまです状態なわけで。
「ほんとうにきいているよ?」
「……はぁ」
ため息の理由を聞くまでの勇気はなかったが、きっとゲームに出てくるラッキーな主人公たちもこんな状況に一度ならずともたたされてきたんじゃないかと、いくつも積み上げているゲームの箱を思い浮かべれば、現実感の無い現状も飲み込める。遥はそういう人格をしていた。