第2話

文字数 4,949文字

【1】


 茅野遥(かやのはるか)は毎日スマホでアンケートをやるなどして、おこづかい稼ぎをするのが日課だった。
 その中には懸賞とか、治験募集への応募(当選したらお金が貰える仕組み)とか、映画の試写会とか、特典付きのものもあった。タダで貰えたりするならばと、手当たり次第のサイトやメールアンケートをしていて、当選にも慣れていた。

 ある日の事だった。
「おめでとうございます。あなたが選ばれました」
と、2000の数値のホログラムで書かれた手のひらサイズのカードとともに、当選を伝える1枚の簡素な書類が遥の実際の手元へ郵送で届いた。
 遥はそれを、QUOカードかなんかだと思い、書留でもなかったし、よくあるアンケート回答のお礼だろうということで納得した。
 とりあえず、封筒からカードそれだけを抜いて財布に挟んで、他の書類とかの詳しい内容にはにはろくに目も通さないで、残りはまるっと全部放置していた。


 さらに、それから一週間後の事である。
 その日もワンルームにインターホンが鳴った。
「はいはーい」
 1人暮らしの遥の家を訪ねてくる訪問者は、ごく限られている。大概が勧誘か宅配業者。その二択以外はそうそう誰も訪ねてこない。
 友人の数も年齢を重ねるごとに順調に減ってゆき、高校に進学した頃には自らクラスメートに話しかけて積極的に友人作りもしなくなり、今ある交友関係は昔からの、本当にごく限られた片手に足りるほどの数しかいない。それを不満に思ったことも嘆いたこともないし、満足といえば満足な、身の丈に合うだけの「身内」がいればそれで充分。
 学校もバラバラになったが用ができればその時は連絡を交わすような。割り切ったわけでもなく、心からそれで充分だと思っての人付き合いを送っている。

 話を戻そう。
九割が友人以外の来訪者であるこの宅へ、とある「お届け物」が「訪ねて来た」ことから、この物語は始まる。
 当然、この日やってきたのも友人などではなかったのだ。
 
「……は?」

 お高い部屋ではない、ごく中流~もしくはそれよりも少しだけレベルとお値段の優しいこの部屋には、インターフォンはあっても、玄関口に誰がいて、電話とモニターで会話を交わすというようなちょっといい設備はついていない。昔ながらの、人差し指サイズのレンズから、部屋の内側→外を一方的に観る事のできる、ただの覗き穴が設置されているだけで。
 その覗き穴を見詰めながら、遥は、思わず思った事がひとことに集約され口から思わず洩れ吐いた。
(えーと、UverEats? 頼んでないし。つか、UverEatsだったら人がそこに立ってるはずだよね? つか、『これ“人じゃぁ無いよね?!”』)

 覗き穴から外の様子を窺ったまま、遥は事態を考える。指先ほどの球面レンズの奥で、そいつはあった。
 黒いドローン。
 ゆるゆると、上下にホバーした状態でドアの向こうに浮いている。

 一体これはなんなんだ? 私、寝ぼけているのか?
「うっ」
 再びインターフォンが『ピンポーン♪』と軽快に1回慣らされた。
 どうやって鳴らしたんだ? いや、今の問題はそれじゃないだろう。

 すぅーっと、深呼吸をして、今自分が寝ぼけちゃないよねぁ?と再確認し、遥は意を決して返事をしてみた。

「はい」
『ご当選おめでとうございます。円卓評議会より参りました、B326XXです。あなたのパートナーとして派遣されて参りました。
今後の説明と鍵となる品をお持ちしましたのであわせてご説明させていただきたく存じます。つきましては、この扉を開けていただいてもよろしいでしょうか?』
「……は?」
 訳のわからないことを告げられている。
 開けてくれと言われても、家のなかにドローンってどうなのよ?

 流暢な声でぐるぐると思考を巡らす遥の向こうでは話が続けられている。
 遥は完全に置いていかれていた。
 突っ込むべきところが多すぎて、まず何が起こっているんだかが把握しきれない。

『到着までお時間をいただいてしまい申し訳ございません。
今回の企画に際しての書類等はすでに先行しお送りをさせていただいておりましたが、それらは滞りなくお手元に到着しておりますですでしょうか?』
 おぉ……ナチュラルに普通に会話され続けているんですけど。ってか、すっげー饒舌なんですけど、え、なに、そもそのこのわかんないんですけど?

 意味不明な事、山のごとし。
 遥は停止しかけている思考をなんとかこうにか動かして、状況を理解しようと努める事にした。

 えーっと、まずパートナーってなにさ?
 当選、当選…直近の当選系って交通系カードと買い物の出来るカードとムービーチケットや試写会……結構あった気がするけど……書類?

――やべぇ、あれか。

「いやぁ、ざっっくりは目を通しましたけどぉ…」
『それはよかったです。つきましてはより詳しいお話を――』

 これ幸い、と言わんばかりに話を続けてくるBBなんちゃら。
 まずい、いい方向に受け取られた?

――遥は届いた(という)書類には興味が全くなくて、届いてすぐに部屋の片隅にほっちゃっていたのだ。今はそれがもうどこにあるのかすら分からない。

 ブゥーン…ブゥーン…

 それにしても。
 茶色いこの扉の奥に鎮座して(浮遊して?)いる“アレ”の存在が気になりすぎる。
 いや、異質すぎる。
 もしかして、この状況を何処か遠くからカメラかなんかで監視していて、私と、その送られてくる製品とのファーストコンタクトについての様子を情報として得るとかいうような、そういうアンケートにでも私応募していたのだろうか……

 毎月毎週、いろんな懸賞やアンケート・検体調査や治験など、ありとあらゆるもに手を出していたのだから、このタイミングで来るものがどれであるかなんて、全く特定できない。どころか、もし当選品云々だというのならあばより一層、到着するそのタイミングなんて、大概が「ご当選された商品は、商品の発送をもって発表と代えさせて頂きます」が上等文句のこのご時世。当選者本人があらかじめ分かるはずなどないのだ。

『茅野様。茅野遥様』
「名前連呼するのやめて。てゆか、パートナーとか、意味分かんないんですけど」
『えっ……』

 初めてドアの向こう側が困惑したように黙った。
 そこに在るもの。
 決して人ではなくて、それは黒いドローンだった。
 無機物との間にドア1枚を隔てて下りる重い沈黙。なんだこりゃ。

「『とりあえず』」

 被った。

『茅野様から、どうぞ仰ってくださいませ』
「いいの?」
『もちろんです』
 ドローンから聞こえる音声は、人間程ではないにせよ、驚くほど私の発言する言葉に対して流暢に片言になることもなく返してくる。
「えーっと、じゃあお言葉に甘えて。あなたは、きっと私が何かしらで当選してゲットした、商品かなんかなんだよね?」
 ブゥーンと微かに音が聞こえる気がする。あ、これってドローンがホバリングしている音なんだろうか。
『そうでもありますし、事情が少々異なるとも言えます。
私――改めてご挨拶をさせていただきます、名称をB328XXと申します。私は茅野様専用のドローンでございます。他の方がパートナーとなることは想定とされておりませんので、設定変更等は基本不可となっております』
 んん? んんん?
「えっとー、……んじゃあ、ドローンくんは全長何センチ?」
『はい、私の全長は縦30cm、横85cm。上空から見下ろすと正方形の角に四つの翼が収納された円形のガードがついておりますので、多少の衝突からも羽根はちゃんと護られる設計です』
 なんだろう、今「えっへん」て聞こえぬ声が聞こえた気がしたのは気のせいだろうか?
 とにかく、何もかもが怪しいから追い払う事に決めた。
「あー、えーっと、次の質問というか、問題があります」
『はい? どういったことでしょう?』
 ドローンはこうしている今も、ブォーンと私のアパートの部屋のドアの前に浮いている事になる。
 シュールすぎるだろ!
「まずひとつ。君のサイズはうちの部屋のサイズに合わない。邪魔」
『えっ』
「その次に、ドローンと会話しながらあははとしてる姿って、傍から見てどうなの。単なる可哀想な人にしか見られないよねぇ私」
『いや』
「それにパートナー? 私専属? 聞こえはいいし、当選したって事実は確かに気持ちがとてもいいけれど、それでもワンルームで女子高生が1人ドローンを話相手にしてるだとか、想像するだにないわー。それにしたって部屋に入るサイズであれば考える余地もほんの少しくらいはあったかもしんないけど。あ、勿論ドローンくん……えーっとB。びぃ……」
『B328XXです』
「まぁBB君も、こんな状況の私との対面はどうかと思うんだよね。折角だけれど、もっと君を必要としてくれる人の所へ行くのが皆にハッピーなんじゃないかな」
『そんな、困ります! なら、どうすれば受け取っていただけるんですか?!』
 ドローンのBBくん(最早覚える気力を放棄した)は、機械なのに焦ったカンジで訴えてくる。
「あー…そうだなー、例えばネコ型――は、色々まずいか、例えばきみが私くらいの女の子だったとかならともかく、見知らぬものを家にあげるわけにはいかないので、やっぱお引き取りください」
『しかし!』
「チェンジで」
『そんなぁ~……』
「さよおならぁ~」
 適当を言って私は入場の拒絶をはっきり示すために、玄関のドアのチェーンを、わざとガチャリと音が鳴るようにしてはめ込み、一気に下までガシャン!と下ろした。




 玄関口でピザ屋とやりとりを交わすよりも長い時間、べったりドアにひっつきやりとりしあってたことや、わけのわからない不自然な急の事態にあったせいもあり、はぁーっと息を吐くとよりドッと疲れがきた。
 何より今は夏で、冷房からも遠いこの玄関は扉自体薄い事もあいまって気温が外と変わり無い。
 私は気持ちを切り替えてアイスでも食べようと、玄関(BB君の様子)は最早思考の外に捨て置いて、さっさと台所の隣にある、黒い冷蔵庫に向かった。上と下で冷蔵と冷凍、機能をセパレートしている単身者向け小型冷蔵庫の下の引き出しから、お気に入りのハーゲンダッツバニラを取り出すと、気分は一転。
 一気にうきうきとした気持ちになって、パーンッと勢いよく引き出しを閉じその足で椅子がわりにもなっているベッドの方へ向かい、くるっと反転。すとーんっとそのベッドの端に座って、二重になっている蓋をぺりぺりと剥がしに掛る。このワクワク感がいい焦らしでいいよね。ダッツでは個人的に一番好きかもしれない。ちなみに二番はクッキーアンドクリームで、三番は抹茶。

 ぴょいぱくと暑さとおいしさに急かされ、あっという間に口に運んで行ったスプーンが最後のひとかきをする頃。
「――そういえば、あのドローンどうなったんだろ?」
 食べてる間、完っ全に忘れてた。
 その後インターホンが押される事もなかったし、ハッとふいに思い出すまで、私の頭からは奇怪な珍事は綺麗に消え失せていた。
 一気に食べたわけではないのだけれど、そんなに時間をかけたわけでもない。
 微妙な時間が受け取り拒否宣言からは経過している。
 食べている間、ドローンくんがまたインターフォンを鳴らしてくるといったような事は、1度もなかった。
 空になったアイスのカップと蓋ゴミを分別してゴミ箱に捨てて、その足で恐る恐る玄関に向かう。
 意を決し、覗き穴から屋外の様子を観た。――何も、いなかった。
 あれはもしかしたら、夏の暑さが見せた幻覚だったのではなかろうか。
「あっはっは……だよねぇー」
 そのほうがなんぼも現実感がある話だ。
 私は納得すると、今日も(もう何事もなかったかのように)いつも通りスマホを片手に部屋のベッドを今度は背もたれにして床に直座りして、いろんなサイトの巡回やポイントサイトのアンケート回答等のルーティーンをこなすべく、ただの日常へとすんなり戻っていった。
 一瞬だけ、BBくんの言っていた「書類」を確認してみるか――なんて思いも廻ったけれどそれもほんの一瞬浮かんだだけで、実際の行動に移すことは結局せず、どこにやったかな、という探すとなれば発生する面倒くささから、それすら放棄することにした。
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登場人物紹介

主人公:茅野遥(かやのはるか)・女子高生。

特待生制度を利用して、地方より東京の学校へと進学してきた。一人暮らし。

剣道部に所属するも、実質顔をめったに出すことのない幽霊部員。(※剣道の特待生であるにも関わらず)

暇さえあれば、自宅に籠ってゲームばかりをしている。ざっくばらんとした性格。

好きなジャンルはRPGとギャルゲー(指定もの)。重ねて書くが女子である。

正式名称:B326XX

(※のちに主人公によって、呼びづらいからと名前を改名される)/遥のパートナーになる(予定?)

元ドローン。結構高性能。ただしワンルームなどで飛ばすにはものっそいジャマなサイズをしていたことで、主人公の元にやってきた直後、ろくな説明もさせてもらえずに「チェンジで」と、まるでデリ●ルのような断り方をされてしまう。

その際に主人公が何気に言い放った言葉がきっかけで、このような姿となり登場するに至る。

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