2000文字Ver ユフの果樹園

文字数 1,968文字

80年前に落ちた隕石の毒で人類は2/3に減った。人は毒を中和する酵素を作れるよう遺伝子を改変したけど間に合わず、毒は手に負えないほど世界を汚染した。そして僕らは酵素で無毒化された人の肉しか食べられなくなった。
拒否した人間はあっという間に毒で滅び、今は酵素持ちだけ。

僕はこの世界で料理人として生きている。僕が働くヴァニタスは、最先端のレストラン。毎日皿に新しい絵を描く。

この世界は生存のために人を2種類にわけた。

『果実』と『庭師』。

非人道的と言われたのは遥か昔。食べ物がなければ滅ぶだけ。だから僕らは果実に光り輝く人生を支払う。
果実は最長20歳の収穫期まで、働かず自由に楽しく過ごす。趣味に生きたり享楽にふけったり。欲しいものは何でも手に入る。病気も悲しみもない。この店のお客も全て果実。

庭師は果実の幸福な人生に奉仕する。朝から晩まで身を粉にして働き、僅かな給金で最低限の食事を得る。
庭師の役目は技術を守り発展させ、次代に人間性の残滓を保存すること。人として長く生き、病気や事故で死ぬ。人の苦しみや悲しみも容認される。
庭師は仕事に誇りを持つ人が多いけど、客観的には果実に比べて不遇。

結果、人の7割は果実を選ぶ。

全ての子供は8歳の誕生日に将来を自分で決める。平等に。
果実は果実として生活し、庭師は本人の希望と適正に合わせて見習い仕事を始める。
昔、クローンを食べるという話もあったけど、クローンが不平等だという声が上がり、結局全人類が平等に自分で選ぶことにした。

「アニュ、明日の予定はOK?」

調理器具と熱気に溢れる僕の背後で囁くのは、僕の恋人で同僚のストゥ。この店のパティシエール。明日、僕とストゥは月1度の休みをとった。
最近ストゥに結婚を迫られている。
結婚と聞いて一番に浮かぶのは、最も長い時間一緒に過ごしたテム。
同い年の幼なじみで、彼女は果実を選んだ。果実と庭師の寿命以外の違いは、生活にお金が必要かどうかだけ。

テムは自然が好きで、毎日1人で野山で暮らしてた。
果実の特権もキャンプ道具を手に入れることに使うだけで贅沢もしない。

果実でよかったのか尋ねると、テムは十分楽しいと答えた。
毎日大好きな自然の中で食べたいときに食べ、寝たいときに寝る思うがままの生活。
庭師の生活に自由はない。
テムは果実の平均寿命より少しだけ長い17歳で収穫された。苦しんで死ぬ庭師と違い、眠るように安らかに目を閉じた。

果実は、遺言でその一部を贈ることができる。果実が残せる唯一の想いは、贈られた人に必ず伝わると強く信じられている。
小指の先ほどの大きさに加工されたテムをスープに混ぜて食べたら、僕の料理にテムの感じたそよ風や土の香りがまじるようになり、僕はそのまま皿に表現した。

「聞いてる?」

ストゥの声で我に返る。
少し贅沢して、カフェでデートしていた。

「結婚はできない」

「アニュが好きなの。面白いし、料理も素敵。他に好きな人でも?」

僕の料理はテムの力で僕の技術じゃない。

「ストゥだけだよ。でも誰かと一緒になるつもりはない。それに店も辞める」

「何を言うの!? 別れるかはともかく、ずっとヴァニタスで頑張って認められてきたじゃない。他じゃ1からスタートよ?」

信じられないとストゥは目を見開く。
僕は確かに店で将来を嘱望されていたし、普通は転職なんてしない。
庭師の賃金は最低限で、10歳相当の見習い賃金の再スタートは自殺行為。休みなく働いても食事の確保も困難。

「でも、決めたんだ」

「引き抜き?」

「ううん、やめるだけ」

目を伏せてつぶやくと、僕の手にストゥの手が柔らかく重ねられた。その熱を帯びた目からは、庭師の誇りが揺らめていた。

「店はやめないで。あなたの料理は世界を変える域に到達する。料理をあきらめないで」

「ありがとう。僕も料理は好きだから」

でも僕はその足で料理長に退職を願い出た。
仕事をなくした僕は、生まれて初めて特権で食材と、予定のなかった便箋を2通買い、テムと過ごした森に足を向けた。

遺言とストゥへの手紙。

大好きなストゥ

ストゥ、隠しててごめん、僕は果実なんだ
好きに生きると決めて果実を選び、好きに生きてきた
前に話したテムが僕の料理が好きで
僕は料理の勉強に店に入って
頑張って修行して月に1度成果をテムに披露した

テムが収穫されて僕は心に穴があいた
そんな時にストゥが話しかけてくれて大好きになった
でも年齢的にすぐ収穫されても不思議じゃないし、そうなると思ってた

けど20歳10日前の今も生きてる
今日、僕の料理をほめてくれてとても嬉しかった
果実の僕が庭師のように何か残したいと初めて思った
だから、僕は料理を伝えたいと想いを込めて、遺言をストゥに贈る
果実として好き勝手するたけだから嫌なら捨てて構わない

ストゥ、ありがとう。本当に楽しかった
ストゥに幸せが訪れることを心から願う

アニュ
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