第三章 凍りついた冬⑦

文字数 1,787文字

「改めて言うのも、おこがましいかもしれませんが……」

 そう言った(ゆう)()の顔は緊張からかうっすらと汗ばんでいる。さくらが不思議そうに雄哉を見返していると、

「前回と今回のお礼を兼ねて、お茶に行きませんか?」

 雄哉のその声は少し震えているように感じた。それは断られるかもしれないという恐怖からだと言うことを、さくらは知っていた。

「いいですよ。お茶、連れて行ってください」

 さくらは気付いた時にはそう雄哉に返答していた。

「えっ? いいんですかっ?」

 雄哉が思わずさくらの顔を見る。さくらはそんな雄哉に、

「連絡をし忘れた、お()びもさせて頂きたいので」

 そう返した。
 さくらの言葉に雄哉の顔に笑顔が戻る。

「良かったぁ! あ、じゃあもうここで、連絡先の交換をしませんか?」
「そうですね」

 二人はそう言うと、それぞれスマートフォンを取り出し、連絡メッセージアプリでの連絡先を交換し合った。

「あ! すみません! 飯、冷めちゃいますね!」

 連絡先の交換を無事に終えてから、雄哉は慌ててそう言った。
 コロコロと変わる雄哉の表情が、さくらにはどこか懐かしさを感じさせ、そして胸の奥をズキリと痛めさせるのだった。

 昼食を()り終えた二人はそれぞれの業務に戻っていった。
 雄哉は自分の会社に戻り、さくらも自分の部署へと戻る。
 しかしさくらは、昼食を終えた後から雄哉の顔がちらつき、珍しく業務に集中できないでいた。さくら自身はそのことを意識していなかったのだが、明らかに仕事の効率が悪い。
 その原因がさくらには分からないまま、珍しく残業をするのだった。
 さくらは残業を終えると、実家近くに借りたひとり暮らし用のアパートへと戻った。
 なんだか今日は、どっと疲れた気がする。
 さくらは荷物をいつもの場所に置き、着替えを済ませるとスマートフォンをカバンから取り出した。そこで始めて通知が入っていることに気付いた。

(何だろう?)

 仕事の連絡かもしれないと思ったさくらは、ゆっくりした手つきでスマートフォンのロックを外す。そこで初めて、雄哉からメッセージが届いていたことに気付いた。

(あ……)

 雄哉の名前を見たさくらは、そこでようやく今日の、調子の悪さの原因に気付いた。
 雄哉と別れてから、さくらは無意識下で雄哉のことを考えていたのだ。
 いや、雄哉の様子から連想される、(だい)(すけ)のことを考えていた、と言っても過言ではないだろう。

(私、まだ……)

 そこまで思い至って、さくらは左右に首を振った。
 それから雄哉からのメッセージを開く。

『お疲れ様です! 今日はありがとうございました!』

 そう始まった文章の内容は、雄哉がさくらを誘うものだった。
 候補日をいくつか挙げてくれており、さくらの日程に合わせようとしてくれていた。
 さくらはその文面に思わず口元が緩んでしまう。

(大輔くんと、一緒ね……)

 高校時代にやり取りをしていた大輔も、感情が良く分かる文面をさくらに送ってきていた。
 さくらはそのことを思い出したのだ。

『前田さんとお茶できる日を、楽しみにしてます!』

 雄哉のメッセージはそう締めくくられていた。
 さくらはそこまで読むと、カバンからスケジュール帳を取り出した。
 さくらのスケジュールは基本的に仕事しか入っていない。そのため雄哉が指定してきた休みの日は全て空いていた。
 さくらはそれを確認したあと、すぐに雄哉へと返信をする。

『メッセージ、今気付きました』

 さくらは正直にそう書き始めた。それから雄哉の第一希望日に会える旨を書く。
 それはさくららしい、要点だけを書いた文章だった。
 メッセージを送信後、すぐに既読の文字がついた。
 その後しばらくしてから、

『当日、楽しみにしてます!』

 そう返事が返ってきた。
 さくらはスタンプを一つ送り、スマートフォンを閉じる。
 昼間に見た雄哉の笑顔が頭をよぎった。
 その純粋な笑顔は、さくらに自然と大輔を(ほう)彿(ふつ)とさせる。

(だい)(すけ)くんも、良く笑う人だったな……)

 そのままさくらの思考は大輔に埋め尽くされてしまう。
 そこで、さくらはまだ自分が高校時代から時が進んでいないことに気付いた。
 高校時代の大輔との短い思い出に支配されている自分を痛感した時、さくらは残念な気持ちと共に、まだ大輔を忘れていないと言う安心感に包まれる。
 複雑な感情を持ったまま、さくらは家事をするために立ち上がるのだった。
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