第19話

文字数 1,407文字

 この日の部活は台で打たせてもらえなかった。ランニングに行くことにした。

「一人じゃ顧問の斉藤(さいとう)が何言うかわからないよ?」

 凜子がそう言う。けれどランニングに行こうとする人が他にいない。

「じゃあ凜子。一緒に行ってくれる?」
「うん。いいよ。ウチも行こうかと思ってたとこ」

 二人は校門を出て走り出した。

「はあ、はあ」

 まだ二百メートルも走ってないのに息が上がる。

「凜子、先に行けるなら俺のこと置いてっていいよ。自分のペースで走った方がいい」
「いいやウチは柳地に合わせるよ」
「ならもうちょっとゆっくりにしていい?」

 凜子は無言で頷いた。
 普段真面目に活動している柳地だが、この時は自分からしゃべり出した。

「こういうことするたびに思うんだけどさ。俺ってやっぱり運動向いてない。絶対できる人じゃないな。栞が羨ましいよ。あいつは運動もできるし。頭も良い。そんな人になってみたいぜ」

 ネガティブなことを言う。でも凜子はちゃんと聞いてくれた。

「柳地だって、ウチより卓球うまいじゃん。良いところはあるよ。それに2年になってから、順位も上がったんでしょう?」
「上がったって言っても、六十位くらいになっただけだよ。賢い人たちには敵わないさ」
「それぐらい上がれば十分だよ。ウチなんて去年とだいたい同じ順位で、親に進歩がないって言われたもん…」

 成績が悪くて叱られるのは自分だけではないみたいだ。

「凜子の家もやっぱ、悪いと怒られるの?」
「そりゃあそうよ。今から大学入試まで心配されてるのよウチは。期待し過ぎだよ…」

 二人で家の悪口を言い合う。意外にも彼らの両親は似たようなところがあって会話が盛り上がる。気付けばランニングなのに歩いていて会話に夢中だ。


「あ!」

 急に柳地が声を出したので凜子は驚いた。

「えっ何?」
「伏せろ!」

 言っても反応しなかったため、柳地は凜子を無理矢理押し込んでしゃがませた。

「何何急に? どうしたの?」

 柳地は当たりを見回し、

「…行ったな。もう大丈夫。いきなりごめんね頭を押さえたりして。でもこれしか思いつかなくて」
「だから、何が?」

 柳地は後ろを指さす。その方向には一匹、スズメバチがいた。

「アレがいたからかわす方法を。この時期はやっぱりいるんだよ。近くに巣があるのかな」

 凜子は茫然としていた。

「スズメバチは眼が体に対して上についてるから、急に伏せれば見失うんだ。前にこの方法でスズメバチから逃げられたことがある。だから今、しゃがんでやり過ごした。もし気付かないでいたら刺されてたかもしれない。危ないところだったよ」

 凜子は状況をやっと理解した。

「つまり、柳地がウチを守ってくれたってこと?」
「そうだね。大切な部活の仲間が傷つくのは俺は嫌だからね」
「ありがとう!」

 凜子がそう言った。でも柳地は何も違和感を感じなかった。

(前に栞に言われた時には確かに感じたのに…)

 わからない。同じ言葉で何が違うのだろうか?

「続きは走ろうよ。本来ならランニングに来たんだし。サボってるって言われても言い逃れできないよ? スズメバチからだけじゃなく顧問の齋藤からも逃れないと」
「そうだね。でもあまりペースを上げないで…」

 二人はまた走り出した。今度は柳地は黙っていた。
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