第15話

文字数 2,515文字

 あれだけ好きだった昆虫採集も中学生になったら全然しなくなった。部活が忙しいし勉強も難しい。虫が嫌いになったのではない。行く時間がないのだ。

 試験一週間前の今日も塾に行って勉強する。今日は英語と国語と数学だ。勉強が苦手な柳地にとってはこの三時間は拷問に近い。おまけに、塾生は自分以外同い年の生徒がいない。ほぼ個別指導状態だ。だからよそ見もせず集中し続けなければならない。


「先生、ここがわかんないんですけど…」

 最初の英語は他に比べればマシな方だ。英語は小学五年の時から英語塾に通っていた。だから学校でもできる方だ。問題は国語と数学。国語は小学生の頃から苦手であり、数学も発展問題になるとサッパリわからない。
 先生は質問した問題の模範解答をホワイトボードに書いてくれた。それを必死にノートに写す。でも理解できているかどうかは怪しい。
 地獄のような国語と数学の二時間を終え、柳地は家に帰ることにした。


 中学校に入ってから、自分の生活は様変わりを遂げた。

 まず、みんな制服だ。みんなブレザーに身を包み学校生活を送る。そして部活。別に山尾花中学校では部活は強制ではないが、親が柳地に何かの部に入ることを強制した。山尾花中には文化部がほとんどなく、あるのは吹奏楽部と合唱部と美術部のみ。運動が苦手な柳地は自分でやっていけそうなのを探しその結果、兄と同じように卓球部に入ることになった。達也にも卓球部をすすめたが、達也は剣道部に入った。そして何故か栞も、小学生の時にブラスバンドをやっていたのに剣道部に入っていた。

 クラスも他の小学校から入学してきた人がいるため、五クラスに増えた。また達也と同じクラスになれず、今度は栞とも離れてしまった。

 家に帰り風呂に入る。そして出てくるともう十時を回っている。この時間から勉強をやる気にはなれずこの日はもう寝ることにした。

 そして日々が流れ試験が終わり、返却される。その後部活が始まり、ラケットが手に馴染んできたと思うとまた試験、の繰り返しである。


 最近の両親はいらついている。兄がまた反抗期になったせいもあるが、自分の成績がなかなか上がらないことに対していらついているのかもしれない。そう思うと家にいたくないな、大学は一人暮らしをしたいな、と思い始める。

 朝になってパンを食べ、二度寝して起きてから学校へ行く。いつも通りの日々だ。
 教室に着くと誰もいない。自分が早すぎる時間に来るからである。だが窓の外を見ると野球部やサッカー部が朝練をしている。周りを見れば机に荷物だけ乗っている席がある。自分が1番乗りというわけではない。

 やがて朝の会の時間が来た。みんな席に着いて先生の話を聞く。今日の予定とか、近所から苦情が来たとかそんな話ばかりである。同じ話しか聞いてない気がしなくもない。
 授業が始まる。昨日の続きからだ。そしてどんどん教科書を進める。

(まだそこ、理解していないのに…)

 柳地のそんな訴えは聞き入れてもらえない。


 授業が終わり放課後。いつものように体育館に行く。今日は卓球台で打てるのか。先輩が優先だから期待しない方がいいかもしれない。
 体育館の運動場に行く間に、必ず武道場の入り口の前を通る。

「お、柳地じゃん!」
「おう達也。どうした?」

 剣道部の達也は放課後武道場で活動している。

「今からでも遅くはない。お前も剣道部入らないか?」

 聞くに剣道部の一年生男子は達也だけらしい。寂しいのだろう。

「俺はよすよ。こっちの方が俺には合ってる。それに、剣道部の朝練、時間早すぎだろ」

 気付けば柳地は自分のことを俺と言うようになっていた。周りの友人や兄がそう言うから、そしてよく見るアニメや漫画の登場人物がそう言うから、真似して俺と言うようになった。

「逆に、おまえが卓球部に来いよ。練習は楽だし面白いぜ?」
「嫌だな。卓球部の部員、わんさかいるじゃねえか。そんなに集まって楽しいのかよ?」
「一部の奴は話してるだけで不真面目だよ。真剣にやってるのは極一部さ」

 柳地はその極一部の方だ。面と向き合って言う気はないが、話ばかりしている部員には正直言うと辞めて欲しい。でも言えば喧嘩になるだろうし、顧問も追い出す気はないようなので放っておく。

「それより木曜日、本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫さ。ちゃんと部屋を片付けておく。何も心配しなくていいぞ」

 それならそれで良し。運動場の方へ行こうとすると武道場の奥から、

「あ、柳地だ」

 という声がした。この声の主はすぐわかる。栞だ。

「何だい栞? 俺に用でもあるの?」
「ムラサキカガミ」

 とだけ栞は言った。

「それは言うなって約束だろ! もう頼むからやめてくれよ」

 柳地は今、栞にムラサキカガミの話を教えたのを後悔している。栞はやらない言わないといった約束事はできないタイプのようで、あの日以降会えば会うたびムラサキカガミと柳地に言ってくるのだ。

「そんなに怖がんなくてもいいじゃん」

 栞の言う通りである。柳地はムラサキカガミに過剰に反応するようになった。幽霊は信じているタイプなので呪いもある、と思っているからこそムラサキカガミが怖い。

(実際に二十歳まで覚えていた人が本当に死んだとか、そういう類の話は聞かないがこの呪いは本物なのでは?)

 という思いが心のどこかにある。しかも二十歳になるまで――つまりあと約7年――迷信かどうか確かめようがない。

「と、とにかく。俺の前でその言葉だけは言うなよな!」

 言っても無駄だと思うが一応念を押す。

「その言葉って?」

(聞いてればわかるだろ!)

「ムラサキカガミに決まってるだろ! あ…」

 栞は笑った。

「な~んだ自分で言ってるじゃん」

 引っかけられた。柳地は舌打ちした。

「おい柳地。ムラサキカガミって何だ?」

 達也が聞いてくる。

「知らなくていいよ達也は! 真面目に部活やってなよ」

 そう言うと柳地は運動場の方に走って行った。
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