第34話

文字数 1,573文字

 ついに運命の日が来た。十月二八日。
「どうしたんだ? 今日は君の誕生日だろう。本人が嬉しくないのはおかしいじゃないか?」

 上条がそう言う。それもそのはずだ。今日の柳地は一日中真っ青だった。

「もしかして、別れたの? あの山岸って人と」

 七瀬がそう言う。きっと自分をブルーな気持ちにする原因がそれぐらいしか思いつかないのだろう。でも違う。

「何でもない。本当に何でもないから。俺のことを心配しなくていいから…」

 全く説得力のない言葉。でもそれで納得してもらうしかない。


 今日自分が死ぬかもしれないなんて口が裂けても言えない。


 下校中、道路を横断する時いつも以上に警戒する。事故死するかもしれない。でも大丈夫だった。渡ることができた。

 去年祝えなかったからと山岸が家に来たがったが、兄や母が来て外食すると言って断った。
 兄や母にも断った。今日は山岸と二人で祝うと言って家に来させなかった。

 自分の家に帰る。玄関のドアを閉めると同時に鍵とチェーンをかける。もう今日は家から出ない。それに誰にも入って来させない。
 夕飯を食べ終え、課題を終わらせ、風呂に入るとやることがないので十時とまだ早いが寝ることにした。ベッドに潜った時、今日一日を無事に終えることができたことを神様に感謝した。


 ドン。音がした。上の階からだ。
 ドンドン。また音がする。
「うるさくて眠れやしない。近所迷惑だ」

 自分のマンションは一人暮らしの人専用だ。マナーが守れない奴がこのマンションにもいるのか、と思った。
 ドドドン。音が激しくなる。

 一旦音が止む。これでぐっすり寝られるな。そう思った矢先、さらに音がする。
 ズデン! 今までで一番大きな音だ。

「何だ上でプロレスでもやってるのか?」

 変な考えだ。
 ドドド、ズデドン! 音はさらに大きくなる。

「うるさい!」

 柳地はそう叫んだ。でも聞こえるはずがない。
 音はずっと響いている。もうこれは嫌がらせとしか考えられない。明日文句を言いに行こう。


 次の朝。起きてすぐ上の階に行き、インターホンを鳴らす。でも誰も出ない。
 今度はノックをする。思いっきりドアを叩く。ドン、ドン。これでも反応しない。
 腕時計を見た。もう八時四五分だ。今から大学に行かなければ一限の講義に間に合わない。

「仕方ない。今は行くか」

 大学へ向かう途中、考え事をしていた。
 ムラサキカガミの呪い、嘘だったな。現に柳地は昨日二十歳を迎えたし、こうして生きている。バカバカしい心配をして損をした。素直に山岸に祝ってもらえばよかった。


 講義室にはもうみんな来ていた。

「いつも一番乗りの君が今日は随分と遅かったじゃないか。寝坊?」
「違うよ上条。昨日、上の階の人がうるさくてね。文句を言いに行ったんだ。ギリギリまで粘ったけど誰も謝りに来ないんだ」
「そういうのはしない方がいいよ。管理会社に電話してみ? そっちの方が安全に解決できるよ?」
「そうなのか? ありがとう。なら電話してみよう」

 今日の講義が全て終わると管理会社に電話をした。

「グレートプレイス二〇二の三ツ村です。上の階の人がうるさいんですが…」

 管理会社の人は不思議そうに聞き返した。

「グレートプレイスですよね? 二〇二の上が、ですか?」
「はいそうです。文句言ってくれませんか?」
「言えませんよ。だって」

 次の言葉に柳地は驚愕した。

「三〇二は、今空室なんです」

 そんな馬鹿なことがあるはずがない。何度も管理会社に言った。だが他の人からうるさいと苦情が来ていないことを言われた。そして実際にマンションに来てもらい、三〇二のドアを開けてもらって中を確認すると確かに空室だったのだ。
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