12.決着(最終回)

文字数 4,246文字

12.(最終回)決着、そして……

「コーナーバックはサイドライン沿いのパスを警戒しろ、セイフティとラインバッカーは中への短いパスは通させてもいいからきっちりタックルしてファーストダウンを防げ、万一ファーストダウンを取られたとしても時間を使わせるんだ、ラインはパスラッシュでクォーターバックにプレッシャーをかけろ」
 監督からの指示を受けたディフェンスチームがポジションに散って行く。
 相手の隊形はバックス陣が大きく外に開いた、一発逆転のロングパスを狙ったもの、しかし、そのプレーは意表をつくトリックプレーだった。
 クォーターバックから、大きく横に開いたランニングバックへ斜め後ろへのパス、しかしランニングバックは走らずにいちかばちかのパスを投げたのだ。
 意表をつくランプレーと見せかけて、更に意表をつくパスプレー。
 ディフェンスチームは気合充分だったが、却ってそれが災いした。
 パスを受けたランニングバックをいち早く捕まえようと、本来ならばワイドレシーバーをマークし続けなければいけないコーナーバックもランニングバックに向かってしまったのだ。
 ほんの僅かの差だった。
 ラインバッカーがパスのモーションを起こしたランニングバックに襲い掛かる、パスと気づいたコーナーバックとセイフティもワイドレシーバーをカバーに走る。
 ラインバッカーがコンマ数秒速ければランニングバックを倒すことが出来ただろうし、コーナーバックが釣られなければワイドレシーバーはカバーできていたはず、セイフティも一歩前へ出ていなければパスはカットできたはずだった。
 ランニングバックは何とかパスを投げ、そのボールはセイフティの指先を掠めてワイドレシーバーの手に収まった。
 ワイドレシーバーはパスをキャッチした後の10ヤードを悠々と走りきってボールを高々と差し上げた、17-21、残り時間15秒、俺たちはこの土壇場で再逆転を許してしまった。

「オーケー! オーケー! オーケー!」
監督は呆然とするチームを集め、俺たちを鼓舞した。
「トリックプレーが来るのを見抜けなかった俺が悪い、作戦負けだ、お前たちは出来る限りのプレーをしたんだ、だが、まだ15秒ある……鷲尾! 頼むぞ!」
今はどうしてもキックオフ・リターン・タッチダウンが必要な状況……俺は気持ちを奮い立たせてポジションに着いた。

相手のキックオフで試合再開。
 俺はそれを自陣10ヤード地点でキャッチ、その瞬間から時計は動き始める。
 相手エンドゾーンまでは90ヤード、遠い道のりだ。
 山本は左サイドにいる、相手もそれはわかっているから俺の右側に蹴って来た。
 しかし、ここで山本を信じずに誰を信じるというのか。
俺は迷わず左サイドめがけて走り出した。
 俺の前方で3人の味方が楔の隊形を作ってくれた。
当然右側の敵が一番早く到達して来る、しかし、楔の右側は田中だ、俺の眼中にその敵はいないも同然だ。
果たせるかな、田中のブロックでそいつは仰向けにひっくり返った。
 左側から迫る二人の敵も楔の先頭と左側がブロックしてくれている。
既にトップスピードに乗っている俺は難なくそこを通り抜け、山本の背番号75を目がけてひた走った。
左サイドを大柄な敵が駆け上がって来ているのは見えていた。
しかし、山本は必ずそいつを止めてくれると信じて、俺は山本の内側をすり抜けるコースを取った、サイドライン沿いを走れば弾き出される危険が増す、仲間のブロックと自分の能力を信じる以外にない。
 期待にたがわず、山本は敵をふっ飛ばしてくれたが、その次の瞬間に俺のスピードは大きく削がれた、右側から迫った敵にジャージを掴まれたのだ。
しかし、俺のすぐ後ろから追って来た山本がそいつもふっ飛ばしてくれた。
 ゴールまではあと40ヤード。
しかし、ギアをトップに入れ直す暇もなく右側から3人の敵が迫る、捕まるわけには行かない、俺はサイドライン沿いへとコースを変更したが、少し遅れて来る2人はともかく、先頭は振り切れそうにない。
 
 その時、一瞬、弱気の虫が俺をそそのかそうとした。
 このままサイドラインを割ってしまえばその瞬間に時計は止まり、あと1プレーする時間は残される。
 しかし、ここで倒されてしまえば、もう俺たちにはタイムアウトも残っておらず、どんなに急いでもポジションにつく時間も残っていない、そのまま試合終了だ。
 どうする……。

 「行けぇっ!!
 その時後ろからの声、山本だ。

 山本の声を聞いた俺は重心を低くして迫って来る敵に思い切り当たって行った。
 敵は倒れながらなおも腰に腕を廻して来たが、俺は腿を高く上げてそいつを振り切った。あとから迫っていた2人は倒れたそいつが邪魔になって追いついて来れない。
 俺の視界から敵のジャージが消えた……。
(やった! いけるぞ!)
 そう思った瞬間だった。
 俺は不意にバランスを崩してつんのめった。
 俺の視野から一旦は消えていた敵のキッカーが追ってきていて、俺の足元に飛び込んで手で足を掬ったのだ。
 追いついて来れるはずもなかった敵なのだが、タックルを振り切ったばかりの俺は、まだスピードに乗れていなかったのだ。
(くそっ、ここまで来て!)
 フットボールでは掌は地面につけてもダウンにならない。
俺は左腕でしっかりとボールを抱えたまま右手を突いて何とか持ちこたえようとした、しかし、バランスを立て直すのに精一杯の俺は敵にとっては格好の獲物。
難なく追いついて来た敵は俺の腰をがっちり抱えてフィールド側へと引き倒した……。

 試合はそのままタイムアップ。
 小躍りする相手チームを横目に、俺は座り込んだまま相手エンドゾーンに視線を送った。
 あと30ヤード……足さえ掬われていなければ走り切れる自信はあった。
追って来たキッカーに気がついていれば足なぞ掬われなかった。
そうなっていれば歓喜に沸いたのは俺たちだったのに……。
しかし、あくまでリターン・タッチダウンを目指した選択に悔いはなかった。
 
 呆然とする俺に手が差し伸べられた……山本だ。
 山本は俺を立ち上がらせると思い切り背中を叩いて来た。
「ナイスファイト」
 その一言だけ……まったくコイツは口数が少ない。
 
 サイドラインに戻った俺は3年生たちに頭を下げた。
「すまん、お前たちを1部に送ってやれなかった……」
 しかし、東山は笑顔を見せてくれた。
「なに言ってるんスか、先輩たちのおかげでここまで来れたんじゃないスか」
 
 俺はヘルメットを脱ぐと見せかけて目頭を拭った……。


「本当に惜しかったわね」
 試合後の挨拶を終えた俺はスタンドに駆け上がり、由佳の元へ歩み寄った。
「ああ、でも一番肝心な試合に負けちゃったよ、あいつらを1部に送ってやれなかった」
「……鷲尾君はこの一年どうだった?」
「明快な目標があったから、すごく充実した一年だったよ」
「私もそう、病気しちゃったけど、それまではすごく充実してた……来年も下級生のみんなは大きな目標に向かって充実した一年を過ごすと思うの、それで、最後に笑えたら最高の一年になるんじゃない? 手が届かない目標じゃないって証明できたんだもの」
「それもそうだな」
 少し気が楽になった。
「私も残念、最後の最後にみんなのサポートが出来なくって」
「そんな事ないさ、由佳が見てくれているだけでも力になったよ」
「勝利の女神にはなれなかったけどね」
「みんなの所へ行きたいだろう?」
「ええ、車椅子、押してもらえる?」
「いや、立ち上がれるか?」
「それくらいなら」
「だったら立ち上がってくれよ、手伝ってやるから」
「うん」
 由佳が俺の手に掴まってよろよろと立ち上がると、俺は由佳を抱き上げた、念願のお姫様抱っこだ。
「大丈夫? 重くない?」
「こう見えてもフットボーラーなんだぜ」
「うふふ……お姫様抱っこしてもらうのって初めて」
「そうか? 初お姫様抱っこの相手が俺でも良かったか?」
「あのね、本当は一年生の頃から鷲尾君が……」
 その後の言葉は駆け寄って来た仲間たちの声にかき消されてしまった。
 まぁ、いいさ、いずれ改めて聞かせてもらうから……。


 1年後、東山と田中を中心としたブレイブ・ブラザースは、再び2部リーグを制し、入れ替え戦にも勝利して1部リーグ昇格を決めた。
 優勝がかかる試合、昇格がかかる試合と、神経がピリピリするような試合をいくつも経験した後輩たちは一回りもニ回りも成長していたのだ。
 その祝勝会に出席した俺は、会場に飾られていたウイニングボールを飽かずに眺めていた。
「おい、それ借りてちょっと来いよ」
 相変わらずぶっきらぼうな口調は山本だ。
「来いって、どこにだよ」
「そうだな……廊下でいいか……」
「何するんだ?」
「いいからここで待ってろ……よし、そのボールを抱えてここまで走れよ」
「何だ?」
「あの時お前が走り切るはずだった30ヤードさ」
 山本は不器用きわまるウインクを俺に投げかける。
そしていつのまにか、山本の隣には由佳も立っている。
「なるほど、そうか……よし、行くぞ」
「遅い、遅いぞ! 見る影もないじゃないか」
「本気で走ってるのかしら?」
「何とでも言え、革靴にコンクリ床でまともに走れるかよ」
「それもそうだが……ははは、それにしても遅過ぎだ」
「30ヤードに1年かかっちゃったものね」
「確かにな」
「でも走り切ったな」
「ええ、走りきれたわね」
「ああ、走り切れたよ」 

 その瞬間……あの時の悔しさは溶けて行った。
 しかし、全力を尽くさずに2年余りもくすぶっていたことへの後悔は消えていない。
 いや、それはむしろ一生忘れてはいけない……そしてこの場に集った仲間たちはそれに気づかせてくれた大切な仲間たちなのだ。
 そして、それを一番しつこく言い続けてくれたのは由佳だ。
 
「ありがとうな」
 俺は一部始終を見ていた東山と田中にウイニングボールを手渡し、山本にウインクを送った。
 山本の不器用きわまるウインクよりも遥かにスマートなやつをね。
 そして、もちろん由佳にも……。
 本当はキスしたいところだけど、さすがにみんなの前じゃちょっとね……。
 
                 完
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