11.決戦

文字数 6,211文字

11.決戦

 S大のキックオフで試合開始。
 俺はリターナーの位置に入った。

 リターナーはスピードに乗った状態でヒットを受けることも多く、エース・ランニングバックの俺はそれまではリターナーは務めていなかった。
 しかし、この試合は最後の最後、4年間の集大成にするべき試合だ、そんな事を言っていられないし、言うつもりもない。
 むしろ、ハードヒットを怖がっていたことを知っている首脳陣が、俺をリターナーに指名してくれたことに感謝しながら、俺はキックオフのボールを待った。

 キックオフ!
 自陣10ヤード地点でボールをキャッチした俺は、迷わずに山本のいる左サイドを目指した。
 俺の前で田中を中心に3人が楔を作って俺を守ってくれる。
 その3人が次々に敵をブロックしてくれて、スピードに乗った俺は山本の外側を走り抜けた。
 2部リーグならこのままタッチダウンまで走り切れそうだったが、さすがに1部のチームは甘くない、ブロックを外して迫ってきた敵に囲まれてしまい、軽量の俺はなすすべもなくサイドラインから弾き出されてしまった。
 それでも50ヤード地点までリターンすることが出来た、通常は自陣30ヤード地点まで返せればナイスリターン、幸先の良いスタートだ。

 監督から指示された最初のプレーはロングパスだ。
 敵も当然こちらのエースクォーターバックの負傷欠場は知っている、ランで来るに違いないと読んでいるであろう事はこちらも承知の上だ。
 ただし、クォーターバックの安岡には『少しでも危ないと思ったらサイドに投げ出せ』(*1)と指示してある、こういった重要な試合では何より怖いのがインターセプト、ファンブル(*2)などのターンオーバーでピンチを招くことなのだ。
安岡はこれまで試合にあまり出ていない、敵にも彼の情報は乏しいはずだ、安岡にもロングパスがあるぞ、と見せかけることはできるはず、パスも警戒してくれないことにはこちらの攻撃は手詰まりになる。

そのフェイクが功を奏してか、敵のセイフティ(*3)のポジションが少し下がった、ここは俺の出番だ、次のプレーは俺のオープンへのラン、一気に15ヤード進み、ファーストダウン更新、敵陣35ヤード。
そのプレーを受けて、セイフティは上がり気味のポジションを取るが、サイドへのランを警戒して開き気味、次のプレーで栗田、田辺の両ワイドレシーバーがエンドゾーンめがけて全力で走ってコーナーバックをひきつけると、真ん中がぽっかり開いた。
そこへタイトエンド、倉田へのショートパス、開き気味だったセイフティがようやく追いついた時、倉田はゴール前3ヤードまで進んでいた。
そして、最後は田中が押し込んで7-0と先制。
順調すぎるほどの滑り出しに、ブレイブ・ブラザースのサイドラインは意気が上がる。

 しかし、やはり敵もさるもの、1部リーグでもまれてきたオフェンスラインは強力で、ブレイブ・ブラザースのディフェンスラインは押され気味、シンプルなラン攻撃が中心ながらも、じわじわと確実に進まれ、第1クォーター終盤にタッチダウンを返されてしまった。
 そして第2クォーター、どうやら敵も安岡のロングパスは投げ捨てであることに気づいたようだ。
 最後尾を守るセイフティは2人、そのうち1人は最後の砦となるフリーセイフティ、もう1人はストロングセイフティと呼ばれ、遊軍的な役割も担う。
 ロングパスは決まらないと読んだ敵は、ストロングセイフティを思い切り前に上げて俺のオープンへのランに備えて来た、セイフティにはスピードのある選手が充てられる、そうなると2部でならともかく、1部のチーム相手では俺のオープンへのランは封じられてしまう。

 しかし、気づかれるのは予想よりも早かったものの、想定内の事ではある、ブレイブ・ブラザースは次なる作戦も用意している。
 偽リードオプションがそれだ。
 2年後のチーム作りを見据えて安岡はリードオプションの練習に取り組んではいるが、まだ実戦に使うのは時期尚早、その上、俺と田中はその練習はしていない、しかし、ランニングバックにボールを渡すか、自分で走るかをあらかじめ決めてあれば、判断ミスからの失敗は防げるし、リードオプションに見せかけること充分に可能だ、しかもこちらにはスピードとクイックネスの俺、パワーの田中とタイプの異なる二人のランニングバックがいる、そこにその中間タイプの安岡のランが加われば、地道に前進できるはず。
 この作戦もまずまず当たり、俺たちはタッチダウンを奪うまでは至らなかったが、フィールドゴールの3点を追加することが出来た。
しかし、敵の正攻法の攻撃は依然として止めきれない、前半終了間際にフィールドゴールを許して、10-10の同点でハーフタイムを迎えた。


 ロースコアの展開は望むところだ。
 しかし、こちらは策を弄しての10点、敵は正攻法で押しての10点だ。
 正直なところ、1タッチダウン・7点のリードがあって互角と言って良い位だ。
 監督やコーチ陣も後半へ向けて、作戦の修正に追われている。

「あれ? 梢は?」
 タイトエンドの倉田が、1年生トレーナーの梢の不在に気づいた。
「梢なら由佳さんを迎えに行ってます」
 3年生の優子が答える。
「由佳の? おいおい、大丈夫なのかよ」
「試合が始まる直前に由佳さんから電話があって、お医者さんに許可をもらえたから、これからタクシーに乗るって……で、今、駐車場まで梢が迎えに行ってるんです、車椅子を押さなきゃいけないし……あ、着いたみたいですね」
 優子の指差した先のスタンドの最前列には、車椅子に乗り、梢に押してもらってはいるが、由佳の姿が……。
 俺はすぐにでも駆け寄りたかったが、監督に集合を掛けられて留まらざるを得なかった。
 いや……今は駆け寄るよりも、ブレイブ・ブラザーズの勝利を見せてやる方が優先だ。
 俺は監督の指示に耳を傾けた。


 後半はブレイブ・ブラザースのキックオフ。
 栗田が素晴らしいカットでブロックをかわし、トップスピードのままリターナーの足元に飛び込んでリターンを封じた。
 敵陣10ヤードからの守備、ディフェンスチームも奮闘してスリー&アウトに追い込んだ。
 こちらもストロングセイフティをぐっと上げてラン攻撃に備えたのが功を奏したのだ。
 しかし、こちらの攻撃も進まない、偽リードオプションも見破られたようだ。
 両チームとも手詰まりの状態で第3クォーターは両者得点なしの膠着状態が続いた。


 第4クォーターに入ると、敵は少し戦術を変えて来た。
 こちらもストロングセイフティを上げたことによって手薄になったディフェンスバックを衝くミドルパスを多用し始めたのだ、その対応に苦慮したディフェンスチームはじわじわと追い込まれ、あと5ヤードでタッチダウン、と言う所まで追い込まれてしまう。
 しかし、フットボールでは敵陣20ヤードからの攻撃が難しい、ディフェンスは守るべきエリアが徐々に狭くなるからだ。
 フィールドゴールによる3点は奪われたものの、ディフェンスチームは10-13と、1タッチダウンで逆転可能な差に踏みとどまってくれている。
 しかし、こちらの攻撃も依然として進まない。
 田中の突進もライン戦で押され気味なので2~3ヤードがやっとの状態、偽リードオプションが見破られているので、安岡がボールを持つとディフェンスが殺到してしまう、そして、俺に至っては頼みの綱の山本のサイドを突いても、相手が1人余った状態ではスクリメージラインの突破もままならない。
 スクリメージラインさえ突破できれば後方は手薄になっているはず、一気にロングゲインを狙えるはずと、思い切って当たっては行くものの、1部リーグのディフェンスの壁は重く、厚くて俺の体格でははね返されてしまう。
 良く持ちこたえているものの、攻撃が進まないのでディフェンスチームは休む暇が与えられず、体格に勝る相手のプレッシャーに耐え続けられるのも限界に近く思えた。

 しかし、残り4分弱、自陣10ヤードからの攻撃で起死回生のプレーが飛び出した。
 ここまで見せ場の少なかったワイドレシーバー・栗田へのショートパス。
 パスコントロールに不安がある安岡では、この位置からのパスはないと読んでいた相手の裏をかいた、半ば捨て身のパスが決まると、栗田は身体をスピンさせ、マークしていた相手のタックルを外して一気に加速した、そして本来なら栗田を止めるべく備えているはずのストロングセイフティは俺が引き付けている。
 敵のフリーセイフティがなんとか栗田をサイドラインから押し出した時には、栗田は一気に60ヤードを走り、敵陣30ヤードまで迫っていた。
 あと10ヤード進めることができればフィールドゴールの成功率は高い、同点のチャンス、いや、ここはタッチダウンを奪って一気に逆転を狙いたい。
 ブレイブ・ブラザースのサイトラインは一気にヒートアップした。

 そして栗田のビッグプレイはもう一つの効果を生んでいた。
 相手のストロングセイフティが、栗田を警戒して再び位置を下げたのだ。
 まだ息の上がっている栗田に代わって入った2年生ワイドレシーバーが監督からのプレーを安岡に授けた、これまで何度もチームの窮地を救って来た取っておきのプレー、俺が山本の左脇をすり抜けて行くプレーだ。
「すぐ行こう! カウントも1だ!」
 山本の指示で、俺たちはハドルにほとんど時間を掛けずにポジションについた。
 ここで時間を掛けると相手にも考える時間を与えてしまう、動揺し、パスへの警戒心が強まった今がチャンスなのだ。
「ハット!」
 カウント1で始動、田中が俺の思い描くとおりのコースを走り、山本は相手のディフェンスラインを完璧にコントロールしている、3年生ワイドレシーバーの田辺は身長、ジャンプ力共に優れ、競り合いに強くゴール前では危険な存在、彼がディフェンスバックを引き付けてくれている。
 山本の横をすり抜けると同時に迫ってきたラインバッカーも田中が弾き飛ばしてくれた、ランと気づいたディフェンスバックが上がってくるのが見えたが、あとは俺の個人技にかかっている。
左隅のパイロンめがけて走る俺に対して、フリーセイフティはサイドラインから俺を押し出そうと迫る、俺に関するデータが頭に入っているのだろう、しかし、それは俺もお見通しだ、内側にカットを切ると簡単にかわすことができた、ゴールまであと20ヤード。
左右の前方からコーナーバックが迫る、しかし、2人の真ん中を突破できる! そう直感した俺は両腕でボールをしっかり抱えて突っ込んだが、左のコーナーバックは振り切れなかった。
ゴールまであと10ヤード、コーナーバックを引きずりながらもゴールを目指す俺を、追いついて来た味方ラインが後押ししてくれたが、敵も集結して来て、遂に倒されてしまった。
ゴールまであと5ヤード、この5ヤードさえ取れれば1部昇格が見えてくるのだ。

俺は息を落ち着けるために、一旦サイドラインに下がった。
ここは田中の出番、田中に劣らずパワーがある2年生ランニングバックをリードブロッカー(*4)につけて、田中が中央突破を試みる。
2ヤードのゲイン、あと3ヤード。
セカンドダウンも、もう一度同じプレイ、やはり2ヤードのゲイン、あと1ヤードだ。
「よし、鷲尾、行け、ダイブだ!」
 監督の指示を受け取り、満を持してハドルに加わる。
 サードダウン1ヤード、この1ヤードが取れなければフィールドゴールで同点止まり、しかも、俺が入ったと言うことは相手もダイブを警戒していることは容易に想像できる、しかし、監督は俺を信頼してくれたのだ。
「ハット!ハット!ハット!」
 カウント3で始動、味方ラインが渾身の力で敵ディフェンスラインを潰しにかかる、そして田中が先に潰れかけのラインに飛び込んで、俺が飛び込める隙間を作ってくれた、俺はボールをしっかり両腕で抱えて飛び込んだ。
 ヘルメットに、ショルダーパッドに衝撃が走る、しかし、俺の勢いが勝った、俺が転げ落ちたのは敵のエンドゾーン内。
 タッチダウン!
 17-13、遂に逆転だ!

 残り時間は3分、フィールドゴールの3点では追いつかれない点差とは言え、まだ安心は出来ない、攻める側は捨て身、サードダウンで10ヤード進めなかったからと言ってパントで陣地を回復することなどしない、いちかばちかのプレーも警戒しなくてはならない、フットボールでは残り2分からの逆転劇は少なくないのだ(*5)、しかも敵はタイムアウトを3つとも残している、時計を止める術は残っているのだ。

 敵は落ち着いていた。
 慌てずに、これまでどおりラン中心に攻めて来る、こちらとしては一気にゲインされるロングパスやオープンへのランを警戒せざるを得ない、これまで2~4ヤードに押さえて来た真ん中付近のランへの対応はどうしても薄くなり、そこを突かれると5~6ヤードのゲインを許してしまう、時計は進み続けるが、敵はハドルなしでどんどん攻めて来る、ブレイブ・ブラザースはじりじりと押し込まれて行った。
 しかし、自陣まで攻め込まれるとディフェンスチームが奮起、自陣30ヤード地点でフォースダウン残り8ヤードに敵を追い詰めた、残り時間は20秒、敵は最後のタイムアウトをコールして時計を止めた。

 
 

注釈
*1)サイドに投げ捨て……:パス攻撃では失敗してもロスにはならないことから、クォーターバックが追い詰められると意図的にパスを失敗することがあり、それを防ぐルールとしてインテンショナル・グラウンディングという反則があります、しかし、意図的かミスかの判断は難しい所でもあり、サイドライン際にわざと失敗するのは一つの戦術として広く行われています。
*2)ファンブル:ボールを持って走っている選手がそのボールを落としてしまうこと、フィールド内に落ちたボールは先にそれをカバーしたチームのものとなり、攻守交代が生じます。
先に説明したインターセプトとファンブルを総称してターンオーバーと呼びます。
一瞬で攻守が交代するので、攻撃側に守りの準備はなく、大きなピンチを招くことがしばしばあります。
*3)セイフティ:ディフェンス最後尾に位置する選手、通常2名
*4)リードブロッカー:ボールを持って走る選手の前を走って、敵をブロックする選手のこと。
*5)残り2分からの逆転劇:かつてサンフランシスコ・フォーティーナイナーズに在籍した名クォーターバック、ジョー・モンタナ選手は残り2分からの逆転劇を数多く成し遂げた事で有名。
通常ではインターセプトを恐れて投げられないようないちかばちかのパスもしばしば見られ、ディフェンス側もそういったパスに備えるあまり、ショートパス、ミドルパスは通り易くなります。
プロでは第2クォーターと第4クォーターの残り2分となった時点で自動的にオフィシャル・タイムアウトとなり、逆転劇を多く演出しようとするルールが実施されているます、当然、絶好のCMタイムであると言うのも理由のひとつですが(笑)
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