第3話

文字数 875文字

吉長のあまりの落ち込みに、節姫はいてもたってもいられなかった。
その日も節姫は、吉長を励ますつもりで部屋に向かった。

「殿、いつまで落ち込んでいるのです! 殿がその様な事で…」
いいかけた途端、吉長は声を荒げた。
「黙れ! 藩主は私だ! お前ではない! これは男の政ぞ! 女の出る幕ではないわ‼」
吉長は、節姫をはね除けると屋敷を飛び出した。

その日、吉長は帰って来ることはなかった。
吉長の部屋には、紋付き袴が残されたままだった。
若い吉長が、どこに行ったかぐらいは節姫にも分かった。
「何故ですか? 殿。 私はこんなにも貴方を愛しているのに。」
節姫は、涙を流した。

それから幾日がたち、吉長が屋敷に戻ってきた。
節姫が近寄ると、吉長から香の香りがした。 
後ろには、遊女が立っていた。

「何故です! 私はあれほどにも側室は許さぬと言ったはずです!」
節姫が叫ぶと、吉長はさらりと流した。
「そうだ、私は側室を持たぬ。それは加賀前田の顔を立てての事。
しかし、若き大藩の主のこの私が側室や妾さえ持たぬは、滑稽なことよ。 私はこの女を愛しておる。 女は国に連れて帰る。」
その言葉に、節姫は声を荒げた。
「何と! 勝手に女を連れて行くなど、江戸に妾としておく者はいても、連れて行くとは。 その様な駆け落ちの真似事、上様に聞こえたらどうするのです!」
しかし吉長は、続けた。
「真似事ではないわ‼ 私は女を愛しておる‼ お前など、所詮若年の石下の私に嫁いだのは、私を政治の道具と割り切っての事であろう!
私は嫌だ! もう、余計な口出しはいらぬ‼ 私は愛されたい‼
愛を望んで何が悪い‼」
吉長は、節姫をはね除けると女を部屋に入れた。

女は、豪華な着物を身に付けられ、美しい化粧を施され、吉長と手を繋いで外に出た。
吉長と共に馬に乗る。
節姫がつけた衆道も側にいたものの、誰が見てもそれは大名行列ではない。
花嫁行列だった。
愛する吉長の横にいるのは、節姫が到底叶わぬ若く美しい女。
女は、もはや遊女ではなかった。
誰が見ても、妻の顔だった。
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