3
文字数 1,043文字
再び暗雲が立ち込めたのは、2週間後の月曜日だった。
「あれ? ヘアピン変えた?」
朝のホームルーム終わりにユキの席へ行くと、彼女の前髪を止めていたのは、いつもの可愛らしい花飾りのようなヘアピンではなく、真っ黒でなんの装飾もないシンプルなものだった。
「前のやつ、どこかで落としちゃって」
ユキは肩を落として言った。
「まじで? いつ?」
「この間の金曜日。家に帰って、玄関の鏡で気づいたの」
気に入ってたのに、と机に顔を伏せてしまう。それでもわたしが「似合ってたもんね」と言うと、ぱっと顔を上げ、すぐに愛らしい笑顔を見せた。
「ありがと。また同じの買おうかな。300円だったし」
「そうなの? もっと高いかと思ってた」
「300円ショップのだよ。あ、せっかくだし、お揃いで買う?」
「それは遠慮しとく」
わたしがあんなのつけていたら、間違いなく笑いものだ。
昇降口には6組のほうが近いから、普段はだいたいサトルが先について待ってくれているのだけれど、この日は違った。わたしがついてから5分ほどして、ようやくサトルが昇降口から出てきた。わたしを見つけ、お世辞にも綺麗とは言えないフォームで駆け寄ってくる。
「ごめん、授業が長引いちゃって」
「そんなに待ってないよ」
そう答えたきり、わたしは固まってしまう。
どうして? その言葉はぎりぎり飲み込めたものの、口の中が乾いて呼吸がうまくできない。
「どうしたの?」
サトルのその声でようやく視線を彼の学ランの胸ポケットから移すことができた。しかし不思議そうな彼の顔が目に入った瞬間、喉の奥が震えだし、わたしは我慢できずに駆け出した。
サトルの声が背中にあたる。前を歩いていた生徒のうち、何人かが振り返る。男子グループの横を強引に追い抜く際にかばん同士が接触し、驚きと怒りの混じった声を浴びせられた。
──どうして、ユキのヘアピンがサトルの胸ポケットに?
脳が勝手に映像を描き始める。サトルの胸によりかかるユキ。その拍子にずれ、胸ポケットの中に落ちるヘアピン。
いつのまにか高校の敷地を抜け、前方にはもう誰も見えなくなっていた。ただでさえ苦しかった胸はもはや息を吸っているのか吐いているのかさえ分からない状態で、足にも力が入らない。
川にかかる橋を越えた先の交差点で赤信号につかまったわたしは、とうとうへたりこんでしまった。
「ノゾミさん!」
振り返ると、息を切らしたサトルが橋の中央まで来ていた。もう逃げることもできないわたしは、顔を見られたくなくて背中を向けた。
「あれ? ヘアピン変えた?」
朝のホームルーム終わりにユキの席へ行くと、彼女の前髪を止めていたのは、いつもの可愛らしい花飾りのようなヘアピンではなく、真っ黒でなんの装飾もないシンプルなものだった。
「前のやつ、どこかで落としちゃって」
ユキは肩を落として言った。
「まじで? いつ?」
「この間の金曜日。家に帰って、玄関の鏡で気づいたの」
気に入ってたのに、と机に顔を伏せてしまう。それでもわたしが「似合ってたもんね」と言うと、ぱっと顔を上げ、すぐに愛らしい笑顔を見せた。
「ありがと。また同じの買おうかな。300円だったし」
「そうなの? もっと高いかと思ってた」
「300円ショップのだよ。あ、せっかくだし、お揃いで買う?」
「それは遠慮しとく」
わたしがあんなのつけていたら、間違いなく笑いものだ。
昇降口には6組のほうが近いから、普段はだいたいサトルが先について待ってくれているのだけれど、この日は違った。わたしがついてから5分ほどして、ようやくサトルが昇降口から出てきた。わたしを見つけ、お世辞にも綺麗とは言えないフォームで駆け寄ってくる。
「ごめん、授業が長引いちゃって」
「そんなに待ってないよ」
そう答えたきり、わたしは固まってしまう。
どうして? その言葉はぎりぎり飲み込めたものの、口の中が乾いて呼吸がうまくできない。
「どうしたの?」
サトルのその声でようやく視線を彼の学ランの胸ポケットから移すことができた。しかし不思議そうな彼の顔が目に入った瞬間、喉の奥が震えだし、わたしは我慢できずに駆け出した。
サトルの声が背中にあたる。前を歩いていた生徒のうち、何人かが振り返る。男子グループの横を強引に追い抜く際にかばん同士が接触し、驚きと怒りの混じった声を浴びせられた。
──どうして、ユキのヘアピンがサトルの胸ポケットに?
脳が勝手に映像を描き始める。サトルの胸によりかかるユキ。その拍子にずれ、胸ポケットの中に落ちるヘアピン。
いつのまにか高校の敷地を抜け、前方にはもう誰も見えなくなっていた。ただでさえ苦しかった胸はもはや息を吸っているのか吐いているのかさえ分からない状態で、足にも力が入らない。
川にかかる橋を越えた先の交差点で赤信号につかまったわたしは、とうとうへたりこんでしまった。
「ノゾミさん!」
振り返ると、息を切らしたサトルが橋の中央まで来ていた。もう逃げることもできないわたしは、顔を見られたくなくて背中を向けた。