第2話

文字数 1,646文字

「…召喚サークルに勇者様がいない…?」

_______
その日、世界の西方に位置する大国、アルベナード国で秘密裏に勇者召喚の儀が行なわれた。
サークルの紋様の大きさ、柄、共に数ミリの誤差もなく床に書き写し触媒として使用する竜血晶の数も問題はなかった。

召喚は順調だった。

過去、幾度となく行われてきた勇者召喚の儀は数々の文献が残されておりそのどれもが成功。失敗する要因はほとんどなく、あえて言うならば失敗例は魔力不足による不完全召喚のみ。誰も今回の召喚も成功するだろうと信じて疑わなかった。

異変が起きていたのだと気づいたのは、全ての詠唱を終えて勇者の顕現を待っていた時。

___勇者は数時間待っても現れることはなかった。

「何故、勇者が現れない…!私達は文献通り、完璧に召喚を行った筈だ、サークルだってしっかりと魔力を通して発動している!」

サークルを取り囲む魔術師のうち1人が叫んだ。それに呼応して他の魔術師も怒りを表に出し始める。

「あぁ全くだ!私達の魔法は何も間違っていない!」

「おかしいのは勇者の方では無いのか?我々は何もしていない!」

「過去、召喚に失敗した例は稀に見ない。だが…ここまで時間がかかったとも書かれていなかった!一体何がどうなっている?!」

地下室は阿鼻叫喚。召喚に呼ばれた魔術師は皆どれも貴族出身で自身の魔法にそれなりのプライドを持つ者がほとんど。
召喚が失敗した可能性が出てきた事に腹を立てる半端者が大勢集められていたのだ。

そうして騒ぎ立て再び数刻がすぎた後、魔術師の後ろからサークルをまじまじと観察していた男が突如として目を見開き、何かに気づいた様子で声を上げた。

「___これは…。」

男はその場でサッと座り込み、血で書かれたサークルの縁に触れる。
その様子を見た他の魔術師達は慌てて男をサークルから引き剥がそうとした。

「おい平民!そのサークルに触れるでないわ!まだ現れてはいないとはいえ、それは勇者召喚のサークル。紋様に傷が付いたら使い物にならなくなるだろう!」

男は魔術師の言葉を気にすることなく、サークルから指に付着した乾いた血を見つめる。

「…いえ、それどころでは無いかもしれませんよ。

___この召喚は失敗です。」

男の額に冷や汗が浮かぶ。瞬間、魔術師達の脳裏に王命という言葉が浮かび、皆少し顔色を悪くして、それでも平常を保とうと男を罵倒した。

「き、貴様巫山戯た事を言うでないわ!不敬に値する!…よいか?我々のサークルには問題はない!!何一つとして間違った事はしていない!」

男は以外にもその言葉を否定することなく、ゆっくりと頷いた。

「えぇ、召喚サークル自体は完璧です。過去最高の出来栄えといっていいでしょう。」

「そ、そうであろう!当たり前だ!失敗なんぞする筈もない!」

魔術師は満足気に自身の召喚は成功だと言い張った。けれども男はすぐに首を横に振り否定する。

「___いえ、召喚は失敗です。これが成功であるはずがない。…一流の魔術師様なら魔力経路を辿ることも可能性でしょう?1度サークルからの経路を辿ってみてはくれませんか?問題はそこにあります…サークルを見るにそれが原因でしょう。」

魔術師達は言われた通り、サークルの魔力を辿った。長い長い経路を辿り、そうしてその先に不審な痕跡が感じられる。

「…これは…。」

「…おそらく、何者かによる魔法妨害です。召喚自体はとっくのとうに完了し、勇者は召喚し終えているでしょう。…問題はその召喚場所、大分位置を変えられています。距離にしておよそ数百km、方角は東ですね。」

「なっ、東に数百kmだと!?それでは勇者は今、

にいるというのか?!」

周囲がザワついた。ただ男だけは淡々と、それでも口調はどこか焦り気味に言う

「そうなります。…随分と悪い事になりました、急ぎ迎えを出しましょう。勇者とはいえまだ召喚したばかり、戦いの心得があるかどうかも分かりません。なんと行ってもこの座標は、帰らずの森の中心部。急がなければ最悪、

___勇者様が殺されてしまう。」









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