第1章

文字数 7,215文字

 中学2年生。それって人生で最も一番憂鬱な時期なんじゃないかなと、思った。いや、ただ思っただけなんだ。 学年が上がって僕はもう中学3年生だ。でも全然嬉しくなんかないし、逆に絶望した。まだまだ子供でいたいのに。くだらないことだけで生きていける世界はどこなのだろうか。年齢が上がるたびにそれが遠ざかっていってしまう。 全てが憂鬱だ。僕は今モラトリアム期というやつなのだろう。でも、もしこのまま何十年もこんな気持ちでいたらどうしようって、時々ものすごく不安になる。こんな気持ちになってしまうのは全て思春期のせいであってほしい。

「誠くん、ご飯できたよ」 綺麗に整頓された家の中で、大理石のダイニングテーブルの上にいつもより少し豪華な夕飯が置かれていた。進級祝いだ。 
「宗一、もう中学3年生だな。おめでとう」
「ありがとう。お父さん」 僕の家は三人家族だ。夕食を食べるときはいつも三人揃ってから食べるようにしている。
「もう高校のことも考えないといけないのよ。南高に行けるの?」 南高は僕の住んでいる地区で一番偏差値の高い高校だ。
「大丈夫だよ。僕の通知表見ただろ?ほぼ5だよ、4なのは音楽と芸術だけだ。塾の先生もこのまま行けば順調だって言ってたし」
「母さん。夕食にまでこんな話やめようよ。子供への過干渉は良くないぞー」 子供の前でそういう話をされるのは少し不快である。
「いいよ。母さんも僕のこと心配だろうし」
「ふふ。誠くんは大人だね」
「大人であるに越したことはないよ誠司」 僕は全然、全く子供である。でも、こんなくだらない会話に「僕は大人なんかじゃないよ」と突っ込むのも筋違いなので言わない。でも本当は言いたいんだ。自分がどれだけ子供であるか、大人というものにどれだけの幻想を抱いているのか、普通に生きてたら大人になれるものなのか、不安でいっぱいだ。

「ご馳走様」 僕はご飯を食べ終え、すぐさま自分の部屋に向かった。 両親と一緒にいるのが少し鬱陶しかった。別に両親のことを嫌いなわけではない。ましてや反抗期なんかでもない。でもたまに、両親の優しさが怖くなる。自分は両親の愛をまっすぐに受け取っていい人間なのだろうか。謎の後ろめたさがある。

「今日は金曜日か。」 金曜日は僕にとって今一番楽しみにしている曜日だ。 なぜなら最近、毎週金曜日に両親が寝静まった後こっそりハイボールを飲むのが習慣なのだ。 グラスいっぱいにロックアイスを入れ、ウィスキーが苦手なのに父の会社の同僚にもらったらしい山崎ウィスキーとウィルキンソン炭酸をキッチリ3:7で割る。ウィルキンソンは氷に当たらないように注ぐんだ。これが一番美味しい。なんで僕はこそっとお酒なんか飲むようになったんだろう。ただの反骨心なのか、それともカッコつけたいだけなのか。いや違う。なんとなく、何かに縋りたかったんだ、それは人でもなんでもよかった。ただそこに酒があっただけだ。

 今日は進級初日だ、いつもと同じモーニングルーティーンを済ませ、家を出る。本来進学に時期の四月には桜の花が咲き誇っている頃なのだろうが、僕の住んでいる地域は北海道なので、開花の時期が遅く毎年この時期になるとこの地元のことを少し疎んでしまう。 徒歩で登校するのは非常に気持ちがいい。僕の健康はこの登校で賄っている気がしている。僕の住んでいる地域は田舎の方で、学校の周りは田んぼしかない。しかし校庭には綺麗な緑が生い茂っている。生徒数は約250人だそうだ。僕の学年のクラス数は3クラスなので記憶力のいい僕は大体の人の顔と名前を覚えている。 校門の前で前のクラスで仲の良かった女の子が話しかけてきた。
「おはよう。宗一くん。」
「おはよう。小池さん。クラス替えの紙どこに貼ってあるの?」 僕は正直クラスなんてどうでもよかった。ただ小池さんと話すネタが何もなかった。
「玄関のところに貼ってあると思う。一緒に見にいこ。」 クラス替えの紙を見てみる。僕は三組だった。担任の先生はーあの若い数学の先生かとぼやっと思っていた。

 一学期の初め、一番最初の時間は自己紹介だった。僕の先生になったひと時は、今年で30歳だそうだ。見た目も清潔感があり、割と綺麗な顔をしているので、クラスの女子たちは喜んでいるだろう。中には本気で好きになる子もいるそうだ。 
「はい、じゃあ自己紹介だね。自分の名前、好きなこと、所属している部活動を言ってってくださいはい。じゃ、前の席の人からどうぞ」 人の発表を聞いていると気づいた時には僕の番になっていた。
「僕の名前は高緑宗一です。僕の好きなことは、う〜ん、、散歩です。部活動はしてないです。よろしくお願いします。」
「はい。次のひと〜」自分の後ろの席は誰だろう。振り返るとその人は学年で一番成績のいい田辺くんだった。
「名前は、田辺翔です。趣味は読書です。バドミントン部です。よろしくお願いします。」 田辺くんとは過去に三度ほど話したことがある、気がする。なにしろ田辺くんは影が薄い。この人が誰かと話しているのはあまり見たことがない。

 みんなの自己紹介が終わると、休憩時間に入った。僕の周りには前のクラスで一緒だった人が続々と集まってくる。
「なぁ、このクラス可愛い女いなくね?」
「は?ふざけんな割といるだろ」僕は眉を顰める。こんな人の顔知らないところでを勝手に判断して否定することは僕は気に食わない。だがその場ではそんなことは言わない。言えないのだ。何よりこの空気を壊してほど注意することではない。
 あーだこーだくだらない話をしていると、あっという間に次の時間だ。   
 帰りの会が終わり、もう下校時間になった。すぐ帰ろうとリュックを整理していると、後ろから声が聞こえた。
「高緑さん、高緑さん、」後ろの席の田辺くんだった。僕は「どうした?」と返事をした。
「この筆箱、君の?落ちてたんだけど、、」その筆箱は見覚えのないものだった。
「あ、それ僕のじゃないよ。誰のだろう」 誰にも話しかけられずに下校するのには、素早くリュックに荷物を詰め、早足で廊下から玄関に出る必要があったので、僕は切羽詰まっていた。
「そっか、、」それから十秒ほど田辺くんは困った顔をしながら拾った筆箱を眺めていた。仕方がないので「その筆箱の持ち主、一緒に探そうよ。」と声をかけた。
「ありがとう。えっと、、、」
「僕、高緑宗一。君は田辺翔くんだよね。これからよろしく」
「ありがとう、、高緑さん」
「宗一でいいよ。そっちの方が気軽だし」 僕たちは早速、筆箱探しを初めた。近くにいた三人組の男子に話しかけた。
「あ、それ。田中のやつだよ。」
「田中って、あの女の子のこと?」
「そうそう、あいつも一緒の三組だぜ。帰んの早いから、早く渡したほうがいいよ。」
 そういうと彼らは足速に自分達の部活動へ向かっていった。
「田中さん、どこにいるんだろう、、」
「どこにもいないね。もうさ、そこらへんにいる先生に渡しちゃおう」その瞬間田中さんは僕たちのいる教室に少し焦った表情で入ってきた。
「ねぇ、これって、田中さんの筆箱?」
「あ、それ今探してたやつ、ありがとう拾ってくれてたんだ。」 三人はなぜかその場に数秒立ちすくんでいた。
「じゃ、じゃあ僕は部活に行かないと。」田辺くんがそう言うと三人は自然に解散していった。

 下校時間、この時間は登校時間と同様、僕にとって有意義な時間であった。いつも公園のベンチで座っているおじいさんとその犬のコーギーは、とても可愛く、ささやかな癒しであった。  一学期も、もう一週間ほど過ぎていった。一週間もすると、クラスのグループも大体決まっている。 次の授業は社会だ。いつものように授業が始まる前に教科書とノート、筆箱を机の上に並べる。社会の先生が入ってくる。この先生は定年退職した非常勤講師で、授業中に何をしていても怒られない優しいおじいちゃんの先生だ。
 「今日の授業は、グループ学習です。この課題を読んで、近くの席の人と三人のグループになって意見を交流してください。交流時間は20分です。20分後に各グループごとに発表をして行ってください。」 
 その課題はいい学校とはどういうものかというものだった。 僕は、田辺くんと田中さんと三人グループになった。
 こういう場では、だいたい僕がイチニアシブをとるようになる。
「みんなは、どうだと思う?まず田辺くんから発表していこう」
「う〜ん俺は、みんなが真面目に授業を受ける学校かな」
「なにそれ、今みんな真面目に授業受けてるじゃん笑笑」
「そうだね、やっぱりよくわかんないや」
「じゃ次、私ね。私は、みんなが仲良い学校かな。ごめんこんな答えしかでてこないや。」
 なんとなく、なんとなくだが、僕はこの二人といると少し気が休まる気がした。
「じゃ、僕ね。僕はねいい学校て、みんなの長所を存分に伸ばしてくれる学校がいい学校だと思う」
 誰目線だよ、と田中が呟く。それに田辺くんは少しだけ笑っていた。
 これまで、僕は田辺くんが笑っているところを見たことがなかった。
「みんなの意見を紙に書いといたから、これを発表しよう。、、、時間、結構余っちゃったね」
 気まずい時間が流れる。それに耐えられなかったのか、田中が話し出す。
「ねぇ、翔くん。翔くんは普段どんな本読んでるの?」
「なんでも読むけど、最近この本読んでるよ。」
「あ、それ私も読んだことある。クソつまんなかったけど」その本は僕も読んだことがある。店頭で必ずと言っていいほど並んでいる今人気の小説だった。今年映画化するらしい。
「それ、俺も読んだことあるよ。主人公がウザくて途中で読むのやめたけど。」
「偶然、、だね。俺も面白くないと思う。一応最後まで読んでみようと思うけど。」
 三人はこの本の悪口を残りの時間ずっと話し合っていた。その時間は、この三年生になってから一番有意義な時間だなと思った。
  帰りの会だ、先生が言うに、今日は職員会議があるので部活動がないらしい。こんな時大体仲のいいクラスメイトから一緒に帰ろうという誘いがある。みんな一人で帰るのがいやなのだろうか。僕は一人で帰りたいんだ。クラスメイトと話していても何も楽しいことがない。そうだ僕が他の人と帰っているのを見ると他のクラスメイトからの誘いは断れるだろう。そう思い今日社会の授業で少し話た田辺くんに話しかけた。
「田辺くん、今日部活動ないでしょ、一緒に帰らない?」
「え、いいの?俺、こういう時誰にも誘われないからさ、」と少し照れたような顔で言われた。クラスを見渡すと、田中と目があった。田中は同じ部活動には友達がたくさんいるが、このクラスにはあまりいない印象だった。
「田中も一緒に帰ろうよ!」と話しかけた。
「え?うん、いいけど」 そして僕たちは三人で仲良く下校した。

 それ以降、僕たちは学校では大体三人で過ごすようになっていた。 三人と仲良くなってから、田辺は思った以上に賢いやつで、面白いやつで、人の気持ちがよくわかる優しいやつであることがわかった。田中は一見明るくて社交的な人だが、実はとても繊細で、ことあるごとに人間関係で一人ずっと悩んでしまう奴であることがわかった。
「なあ明日土曜日だろ。翔と三人で遊ばね?」
「いいね、じゃ、昼の一時に待ち合わせしよ」
「そういえば、部活は?あったら遊べないじゃん」
「ああ、もううちら受験期じゃん。だからもう引退したよ」
「そっか、そういえばそうだったな。」

 そして、今日は土曜日だ。一番最後に来たのは田中だった。
「おい、田中17分遅刻な」
「いいでしょ、そんくらい。許してよ」
「ハハ、宗一細かいな」 僕たちは近くにあった喫茶「ロマンティカ」でお茶をすることにした。ここにはよくお父さんと来ていた。店の雰囲気もよく、居心地の良い場所だ。しかしたまに、客が入っていない時に話しかけてくる無駄にイケメンな店主がいる。
「みんなは、中学生?」やけに優しい声で話しかけてくる。「そうです」と一番最初に口を開いたのは田中だった。
「中学生かぁ、学校は楽しい?」
「どうだろう、あんまり楽しくないかもしれないです」次は僕が口を開いた。 日常会話は生活を円滑に進めていくために重要なものだ。無論、僕は人と会話をするのが嫌いではない。生きていく上でのヒントを自分よりも色々な経験を積んでいる大人から教えてもらえるなんて得でしかない。 そうだ。僕は学校があまり好きではない。学校が好きという人は問答無用で狂っている。あんなところ、頭を狂わせるために通っているとしか言いようがない。
「僕も中学生の頃は学校が嫌だったな。高校生になってちょっとはマシになったけど」
 「そんなもんなんですかね。僕も高校生になったら嫌じゃなくなるかな」
 途端、店のドアチャイムがなった。「いらっしゃいませ。」僕たちとの会話は途切れてしまった。彼は仕事に戻ってしまった。
「なんだあの店主、話しかけてくるタイプか俺は苦手だな」
「ふふ、寂しいんじゃない?一人で店やってて」
「ただのロリコンだと僕は思うね」

 ちょうど食器が空になったので、店を出ることにした。
「何する?特にすることないな。」田中が話す。
「そうだ、お前んちこっから近かったよな宗一」
「ああ、うん来る?親もいいって言ってくれると思うし」
「マジで、行っていいの。初めて行くんだけど宗一の家。」

 三人は僕の家に着いた。
「え、まじ、クソでかいな。私の家と大違いなんだけど」
「俺の家とも全然違う」 僕の家の外見は美術館を彷彿させるような優美な外見をしているらしい。周りの家とは格が違うんだと言われているような、少しだけ場違い感がある家だった。
「宗一がこんな金持ちだったなんて知らなかったよ」 同じく、と田中が言った
「そんなもん人に言うことじゃないだろ」僕は少しだけ気まずくなった。何か自慢するような装いになっていないか不安だった。
「おかえりなさい宗くん。あれ、お友達?珍しいね上がって上がって」
「お邪魔します」
「ただいま母さん」

 そのまま三人は僕の部屋に入った。
「すげえな。お前の家。てかこの部屋綺麗すぎ。めっちゃ本あるし。全部読んでんの?」
「読んでるわけないじゃん。全部父さんのやつだよ。読んどけって父さんは言うけど、普段あんまり本読まないし」
「もったいねぇな。」そういうと田辺はおもむろに本棚に並んでいた難しそうな本を読み始めた。「そういえば、二人ともどこの高校行くの」
「僕は南高。田辺も一緒だよな。」
「うん」田辺は本に夢中だった。
「二人とも一緒かよ。いいな羨ましい。私も行きたかった」
「行けばいいじゃん」
「無理だよ私頭悪いもん」
「勉強しろよ」
「勉強したってね、勉強できないやつはできないんだよ。頭いい奴はそんなこともわかんないんだから、頭悪いよね。」
 ガチャ。部屋を開ける音が聞こえた。
「宗ちゃん。お菓子と飲み物持ってきたよ。お友達も遠慮なく食べてね。」
「ありがとうございます。」 
 それから二時間、夜の六時半になるまで、田辺は本を読み、僕と田中は他愛無い会話をしていた。
「もう、こんな時間じゃん。帰んないと怒られちゃう私」 三人は名残惜しそうに少しだけ会話をした。
「本当だ、今日はありがとう。また本読みに来ていい?面白かったよ」
「もちろん、じゃあ、バイバイ。また月曜日ね」「うんバイバーい」

 リビングに行くと、気づかないうちに父さんが帰ってきていた。
「おお、ただいま。宗一、早く夜ご飯食べよう。父さんお腹ぺこぺこだよ」
 必ず三人揃ってご飯を食べるという掟を決めたのは父さんだ。僕には父さんが自分で自分の首を絞めているように見えて仕方がなかった。
「おかえり父さん。お腹がすいたときくらい、先に食べててもいいんじゃない?」
「いや、だめだ。家族の団欒はとても大事なんだぞ」
「そっか」と言い淡々といつもの味のご飯を食べ続ける。
「お父さん、今日宗ちゃんがね、お友達を連れてきたの。めずらいしいよね。普段は友達を家に呼びたがらないのに。相当仲がいいのね。」
「そうか。お前もう10月に入って受験期で忙しいんじゃないのか?まぁ、そんなことどうでもいいか。」
「どうでも良くないわよ。でも、友達と過ごすのも大事なことでしょ。」 
「二人ともやめてよ。僕は友達もたくさんいるし、受験も今のところ順調だしさ。」
「そうだなぁ。」そして、いつもと同じように僕は淡々夕食を済ませ、部屋に戻り勉強を始めた。


 「母さん。最近宗一と会話する頻度が少なくなってる気がしないか」 宗一の父は普段はそんなことは気にはしなかった。なぜなら普段から仕事が立て込んでいるからだ。
「宗ちゃんも受験期だし忙しいんでしょ。しかも16歳なんて、だいたい思春期でしょ。私たちのことを少しだけ鬱陶しいと思っていても不思議じゃないわ。」
 宗一父は少し考え込んだ。それはそうだな、それはそうだけど、やはり息子との会話が少ないことは父親として寂しい思いもあった。
「う〜ん、まぁ、忙しい時期が終わったらさ、家族三人で軽井沢にでも旅行に行こうよ」
「そうね」

 そして3月になり、もう卒業の時期になっていた。
「もう、俺たち卒業だよ。高校生だぜ。なんか、実感湧かないな」田辺がしんみりした顔で話しかけてきた。
「なんだよ。寂しいのかよ。大丈夫だよ。俺たち同じ高校行くんだしさ。」
「そんなんじゃないよ。ただ、俺たちってこうやって何もせずなんとなく大人になってくんだなと思って。」
「翔ちゃんがそんなこと言うなんて珍しいね。てか、私だけ高校離れんのウゼェ」
「ハハ。田中もさ、高校生になってもたくさん会って遊ぼうよ」
「そうだよ。大人になっても、たくさんあって話でもしよう」
「当たり前じゃん。一生友達ってか」

 そして卒業式が終わり、春休みが終わり、僕たちは無事高校へ進学した。
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