第三夜
文字数 1,207文字
野鼠の置き土産を拾い上げてみると、それは硝子製の手回し式オルゴールでした。
真鍮製の弁と櫛歯が収まっている内部構造に、硝子ケースを被せただけの簡素な造りで、その側面からは、華奢な真鍮製のハンドルが突き出ていました。
相当古びている様子で、ハンドルは錆び付き、硝子ケースは傷だらけで、一部には罅(ひび)が入っていました。
ハンドルは自動でキリキリと回転しており、櫛歯が弁の突起を弾き続けていました。
それにもかかわらず、オルゴール独特の丸みを帯びたファンタジックな音色は、一音も奏でられることがないのです。
最初は壊れているのだろうと思いましたが、ふと逆回転している可能性があるのではないかと思い付き、ハンドルを摘まんで、それまでとは反対方向に回してみました。
その途端、『白鳥の湖』の物悲しい旋律が流れ始めたのです。
そして、それに伴って、驚くべきことが起こりました。
とぐろを巻くように、ゆったりと渦巻いていた霧の大群が、硝子ケースの罅の割れ目目掛けて、するすると吸い込まれ始めたのです。
その結果、楽曲の演奏が終わる頃には、霧は跡形もなく消え失せていました。
あれほど息苦しいくらいに濃密で、世界はそれで出来ているのかと思うほど広範囲に拡大していた霧が、ものの五分もしないうちに、完全に収束してしまったのです。
そうして、傷だらけの古ぼけたオルゴールは、あんなに大量の霧を一気に呑み込んだことなどおくびにも出さず、涼しい顔をして沈黙しています。
その時ふと見上げた濃紺の夜空には、ダイヤモンドを砕いたような星屑がちりばめられ、上品な輝きを放っていました。
それらは随分久し振りに目にした光のように思えました。
そうしてこれまでの一連の出来事は、このちっぽけな古ぼけたオルゴールの中に、何らかの魔物が棲みついていることの証のようなものでした。
そのことに思い至った時、私の中に、珍妙な考えがむくむくと頭をもたげてきたのです。
このオルゴールは、逆回転させると霧を出現させ、正常な回転に戻すと、あっという間に霧を回収してしまいます。
オルゴールの正体を知らない人から見れば、かなり大仕掛けな手品のように映る筈でした。
ですから、これを会社の忘年会の余興などで活用すると、面白いのではないかと思い付いたのです。
それに、魔物と共に暮らすということにも、心惹かれるものを感じました。
いきなりは無理でも、時間を掛けて仲良くなれば、その姿を現してくれるかも知れません。
そんなことを考えているうちに、わくわくしてきてしまったのです。
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・・・ 第四夜へと続く ・・・
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