第二夜
文字数 1,712文字
しかし、その一方で、大いなる問題が浮上していました。
この近辺では、田んぼやら川やらの窪地が、随所に見られます。
迂闊に動き回っている間に、その中のどれかに嵌まり込んでしまう危険性がありました。
その辺りが、実地のテーマパークとしては恐ろしいところです。
これが架空のテーマパークであれば、たとえ川に落ち込んでしまったとしても、そこからの救出劇まで織り込み済みなのですが、実地ではそうはいきません。
いくら霧の夜にそそのかされたのだとしても、うっかり川に落ち込んでしまえば自分の責任です。
流石にそこまでは、悪乗りする気になれませんでした。
私はその場に停車すると、今の位置関係を確認するために、一旦車の外に出てみることにしました。
地面に降り立った途端、水蒸気で出来た生温かいベールが、肩をしっとりと包み込んできました。
鼻の先でたゆたう濃密な霧は骨のように白く、そのむせ返るような白濁さによって、辺りをほんのりと照らし出しているようにも見えました。
晴れる気配は一向にありませんでしたが、霧がゆっくりと巡っていくうちに、薄い筋が現れることがあり、そこから小窓を覗くようにして、辺りの様子を窺い知ることが出来ました。
どうやらその場所は、枯れたススキが蔓延る荒れ果てた空き地のようでした。
やはり立体迷路の中に迷い込んでしまったようです。
特別な霧の夜が私を招待したかったのは、この場所なのでしょうか。
ともかく、ある程度霧が晴れるのを待つこと以外、今は為す術がないようです。
私は一旦車に戻り、カーステレオで音楽を聴きながら、時間を潰すことにしました。
踵を返そうとした時、ぜんまい仕掛けで動く微かな物音が、私の足を引き留めました。
周囲に民家が見当たらない無人島のような場所で、一体何が動いているのか、妙に気になったのです。
虫の羽音のようにも聴こえるその物音は、途切れなく流れてはいましたが、吹けば飛ぶようなかそけさだったので、音源を特定するには、細心の注意を払う必要がありました。
東に数歩進んでは耳を澄ませ、西に数歩進んでは耳を澄ませ、南に数歩進んでは耳を澄ませ、北に数歩進んでは耳を澄ませた結果、何となくではありますが、西に進んだ時が最も音の輪郭が際立ったように感じられました。
枯れたススキの穂の群生を掻き分けながら、西へと歩みを進めます。
ススキは掻き分ける度に、しゃらしゃらと乾いた音を立てました。
キリキリキリキリキリキリキリキリ
追い求めている物音が、少しずつ立体感を増していきます。
やはりこちらの方角で、間違いないようでした。
引き続きススキの群生を踏み分けながら、西へと歩みを進めます。
キリキリキリキリキリキリキリキリ
物音が、一枚一枚、羽織っていたベールを脱いでいき、露になっていきます。
更にススキの穂の群生をしゃらしゃらと払い除けながら、西へと歩みを進めます。
キリキリキリキリキリキリキリキリ
遂にある地点まで辿り着いた時、探し求めていた音源が、もう目と鼻の先に迫っていることが分かりました。
そこまで狂いなく判断出来るほどに、ぜんまい仕掛けの物音に耳が馴染んだということでもありますが、最初は聴こえるか聴こえないかぐらいの微かな物音だったのに、よくぞここまで大きく育ってくれたと思うと、若干ながら感慨深ささえ感じました。
目の前に立ちはだかる丈の高いススキの群生を、音源の正体暴いたり、といった勢いで、両手で一気に掻き分けました。
すると、そこに現れたのは、でっぷりと肥えた薄茶色の野鼠でした。
野鼠は器用にも後足で立ち上がり、前足には四角い小箱のような物を抱えていました。
けれども突如出現した巨大な人間に恐れおののき、抱えていた小箱を取り落とすと、そのまま一目散に逃げ去っていってしまいました。
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・・・ 第三夜へと続く ・・・
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