第四夜
文字数 1,100文字
いわゆる曰く付きのオルゴールを持ち帰ろうと、心に決めた瞬間のことでした。
掌に刺すような痛みを感じ、思わずオルゴールを取り落としてしまったのです。
星明かりの中でしげしげと観察してみると、左掌の薬指の付け根辺りに、ぽっちりとした星型の痣(あざ)が浮き出ていました。
それは魔物からの意思表示のように思えました。
元より、人間と魔物は相容れぬ存在、惑乱することなく、我を捨て置いて、早々に立ち去れ、と。
先程の咬まれた痛みが、鮮明に思い出されました。
私は孤高の魔物の意思を尊重すべく、オルゴールを置き去りにし、その場から立ち去ったのです。
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あれから一月ほどが経ちましたが、青紫色の星型の痣は、今でも私の薬指の付け根辺りに残っています。
そう言えば、浅い眠りの岸辺で見た夢の中に、一度だけ魔物が現れたことがありました。
そして、こんなメッセージを残していったのです。
我ら魔性の物は、人の記憶の中でのみ、生息出来る存在に過ぎない。
故に、人の記憶から忘れ去られた途端、塵となって消えるより他ない。
それを防ぐ手立てとして、霧を操りそなたを誘い出したように、時々人間を誘い出し、魔物の存在を気取らせている。
古くからの伝説や昔話の中に、魔物達が繰り返し登場するが、あれも人の記憶から記憶へと、生命を引き継いでいくために必要なことなのだ、と。
私は恐らく、青紫色の星型の痣が消えない限り、魔物の存在を思い出し続けることでしょう。
そうしてそれは、魔物を生かし続けることに繋がるのです。
そこで、奇遇にもこの物語を共有して下さったあなたに、ささやかなお願いがあるのです。
日常の暮らしの中で出来るだけ、魔物達の気配を感じ取るようにして欲しいのです。
それが、彼らに新鮮な息吹を与えることの出来る、唯一の方法なのです。
幸いにも魔物達は、人間の私達が立ち入ることを許されない異世界に、存在しているのではありません。
日常のすぐ隣にある非日常の現象の中に、何食わぬ顔をして、生息しています。
例えば、昼を照らし出す白い月の面影の中に、香が焚き染められた桜吹雪の中に、雨上がりの水溜まりに息衝く虹の分身の中に、そして、あなたの左掌の薬指の付け根辺りに浮き上がってきた、青紫色のぽっちりとした星型の痣の中にも。
~~~ 完 ~~~
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