果樹園の主

文字数 5,444文字

―――この街は、俺のための果樹園だ。







なぁおい、マジで頼むぜ?

ウソじゃないよな?

本当に、その・・・

ああ、心配するな、ちゃんとヤらせてやるさ。

でも、ビビって縮こまるんじゃねぇぞ?

二人の男が夜の繁華街を行く。

一人は落ち着き払い余裕をもって、もう一人は落ち着きなく浮かれた様子で。

おお、それこそ心配すんな。

女5人にこっちは2人、人生で二度とないチャンスだ。

理性もなんも放っぽり出して、朝までヤり尽くしてやるぜ。

まぁ、そこを見込んでの人選だからな。

お前なら大丈夫か。

男は、女に不自由することがなかった。


その容姿からか、引き込まれる話術なのか、とにかく女を落とすことにかけては人並み外れたものをもっていた。



あるいはそれは、女の本質を見抜く、落とせる女をかぎ嗅ぎ分ける―――

ある種の特殊な才能だったのかもしれない。

もはや通常の行為では興味も沸かず、色々と試しているところである。


先程の会話のとおり、今日は精力的かつある程度のルックスを備えた友人を巻き込み、女5人と劣情を交わすことになっている。

・・・しかし、お前すげぇよな。


5人同時、しかも他の男も一緒にOKとか、そんなのどうやって女たちに納得させてんだよ。

弱味でも握ってんのか?

そんなんじゃねぇよ。


・・・まぁそうだな、夜の街を回ってOK出しそうな女を見繕って、収穫していってるようなもんだ。

そう、この街は男にとっての甘い果樹園。

女という果実を摘み取り、楽しみ、味わい尽くす。


彼はこの果樹園の支配者なのだ。

わっけ分かんねぇけど・・・


とにかく、早く行こうぜ!

朝までヤりまくるんだ、夜の時間が短くなっちまう。

張り切りすぎだ、バカ。

女引かせるんじゃ・・・

そのとき―――

不意に視界に入ったものに目を奪われる。

どこか大人びた、不思議な雰囲気を纏った女性だった。

人混みの隙間を抜い、偶然開けた視界の中、ふとお互いの目があった―――


そんな気がした。

あ・・・
・・・おい、どうした?

さっさと行こうぜ。

女に気をとられ、急に立ち止まった男を急かす声。

それにつられて男が視線を外したのはほんの一瞬だったが・・・


視線を戻したときには、すでに女は姿を消していた。

・・・・・・

なんだ?

・・・お前、先にいっといてくれ。
え?

ちょ・・・おいっ!

一言そう言い残し、男は先程の女性が立っていた場所へと駆け出した。







・・・・・・
離れていたといっても、精々五、六メートル。

しかも、ひときわ目立つ青い服を着ていた。

見失うはずはない。


あたりを見回すと、通りの先の細い角を曲がる姿が目に留まった。

・・・・・・
・・・・・・!
女性の後を追うべく、再び駆け出す。
―――何故彼女を追うのか、何故彼女に惹かれているのか。


明確な答えは男の頭には浮かばなかった。


ただひとつ漠然と―――

幾多の女を手玉にとり、喰らってきた男の勘が囁いていた。



あれは普通の女じゃない。

今逃せば、恐らく一生出会えないほどの上玉だ。

・・・・・・


(俺は何をしている?

 俺ともあろう者が、たまたま街で見かけた女を追い回しているだと・・・?)

今まで飽きるほど女を食ってきた男である。

今さら、良くも知らない女一人をと、疑問に思うのも無理はない。


だが・・・

(あんな女、今見逃せば二度と出会えない・・・!)
女は古びた雑居ビルに入っていった。

男は躊躇いなく後を追う。


階段を登っていく足音が聞こえる。


(階段か・・・助かる、これで見失わない)
エレベーターにでも乗られては、あとを付けるのが困難になる。

こちらは足音を立てないよう、ゆっくりと歩みを進める。


一体どこを目指しているのか。

女性はどんどん上へと登っていく。


途中の階の様子を窺うと、いくつかの看板は出ていたが、中に人がいるのかどうかすら分からないほどに寂れた雰囲気であった。

(どこかの飲み屋の女か?

 だとしたら、落とすのは簡単だが・・・)

女性は歩みを止める様子もなく、ついには屋上への扉の前に辿り着き、そのまま中へと入っていってしまった。
(屋上か・・・)

明らかに普通ではない。

何よりも、目的が分からない。


あの女は、確かに自分と目が合っていた。

・・・何かしらの理由で誘い込まれたのか?



行くか、降りてくるのを待つか・・・

だが、万が一飛び降り自殺をするために登ってきたのだとしたら、迷っている暇はない。


僅かな間に男が思案を巡らせているところに、歌が聞こえてきた。

(歌・・・?)
扉越しであるため、はっきりとは聞き取れないが、女性の歌声が聞こえる。


それにより警戒心が薄れたのか、男は扉を開き、屋上へと登っていった。

・・・・・・
・・・・・・
気配に気付いた女性が歌を止めて振り返った。


屋上には、女性ひとりであった。

柵に手をかけ、その隙間から夜の街を見下ろしながら歌っていたようだ。

その立ち居ずまいは色気を伴った、幻想的なあやしさを帯びていた。
・・・こんばんは。
男がさて、どう話しかけたものかと思案していたところ、女性の方から話し掛けてきた。
ああ、こんばんは。

・・・いい景色ですね。

これ幸いにと、男はその流れに乗ることにした。

女性の隣に歩み寄り、一緒になってビルから夜景を見下ろした。

そうね。

いくつもの光が散りばめられて・・・


このひとつひとつに、まだ出会わない人たちがいると思うと―――

不思議な気持ちになるわね。


どうやら、普通に話は通じるようだ。


これで、ただの異常者だったら目も当てられない。

確かに・・・

その言葉には、素直に共感を感じる。

もっとも男の場合は下卑た思惑で、であるが・・・

(まだまだ味わってない女はたくさんいる。

 まだ見ぬ良い女も山ほど居るはずだ)

男が下衆な思いを馳せていたところに、再び女性の歌声が響き始める。


今日は楽しい収穫祭

今日は嬉しい収穫祭


貴方のチェリーは

甘いの酸いの美味しいの?


今日は楽しい収穫祭

今日は嬉しい収穫祭


My greatful day

Your greatful day


So it's greatful harvest―――

歌の雰囲気からは民謡か何かかと思われた。

だが、男は聞いたこともない歌詞である。


英語が混じっているところからも、外国のものなのかもしれない。

―――変わった歌ですね。

どこの歌ですか?

この歌?

これは私が作ったの。


時々こうして夜の街で歌っていると、素敵な出会いがあるような気がしてね。

出会い、ですか・・・

そう、出会い。

今夜も良い出会いに巡り合えたかしら・・・?

そして再び歌を続ける女性。



・・・何てことはない、ちょっと不思議の入った天然系だ。



男はそう判断した。


―――ならば手玉に取るのはわけはない、と。

・・・収穫祭、ね。

好きなんですか? チェリー。

この街の、果樹園の主を前に、収穫を讃える女の歌。

何とおあつらえ向きなのだろう。


「収穫されるのはお前だがな」と、思わず不敵な笑みがこぼれる。

ええ、とっても。


―――昔、とっても美味しいチェリーを頂いたことがあるの。

それはとっても甘くて酸味があって・・・


あの味が忘れられなくて、あれをもう一度、味わいたくて・・・


でもダメね、なかなか出会えないの。

思い出の味ですか。

よく聞きますよね。


子供のころに食べた美味しいものが、大人になってから食べてみたらがっかりだった、なんて話。


味覚が大人になったからなのか、それとも本当にその味自体が落ちてしまっているのか。


その食べた状況によって、本来よりも美味しく感じていた―――

何てこともあるみたいですね。

・・・そうね。

でも、それを知る術はない。

だから私は、今もその「最高のチェリー」を求めているの。



・・・さぁ―――

―――そうして。

女性は男の股に手を伸ばす。

―――貴方の「チェリー」は、どうかしら?
(・・・チェリーって・・・そっちかよ!?)
男が何か反応するより早く、女性は男のズボンのファスナーを優しく、ゆっくりと下ろしていた。
ふふふ・・・

不思議系とは踏んでいたが、これは想定外であった。


このまま身を任せていいものか?

一瞬、男が躊躇する。


が―――

・・・っ!?
男の体がびくん、と跳ねる。
トランクスの裾から差し込まれた女性の指が、男の陰嚢に触れた。


それは撫で上げるよりも更に浅く、か弱く、触れるか触れないかのぎりぎりのライン。


まさに紙一重の愛撫であった。

・・・大きい。

中身もたっぷり詰まってそうね。

女性が微笑む。

そこには淫靡なものはなく、ただただ無邪気なものに感じられた。

くっ・・・
堪らず身じろぎ、声を漏らす。

今までにも、こういった技術に秀でた女性との経験はあった。


だが、この女性の愛撫には何か、深い愛情―――大切なものを慈しむような、いとおしさを込めた何かを感じた。


そして、それが今までに感じたことのない快楽を男に与えていた。

(・・・いいのか、このままで?)
快楽に痺れた頭から、辛うじて理性をひねり出す。



間違いない、この女はヤバい。



だが、それが男に危害を加えるものか、ただ、悦楽を与えるだけものなのか。



男の理性と欲望が葛藤する。



今日は楽しい収穫祭

今日は嬉しい収穫祭


貴方のチェリーは

甘いの酸いの美味しいの―――?

男の陰部を優しく弄びながら、女性は先程の歌を歌い始めた。


男のそれに指を絡め、撫で擦り上げ、頬を摺り寄せ、口づけを交わす。

そうして、男のか細い理性は消し飛んだ。
(・・・もう、どうにでもなれ―――!)
欲望に沈み、女性に身を任せる。

女性は歌いながら、ただひたすらに優しく愛撫を続けていく。


だが・・・

(・・・なんで、なんで、こっちは触らない・・・!?)
女性は男の陰嚢のみを弄り続けていた。


それが男に与える快楽は相当のものではあったが、それでは到底満足いかない。

男の肝心な部分は、既に限界までいきり立っていた。

な、なぁ・・・
堪らなくなった男は刺激を請うため、今や彼の股の前に跪いて奉仕を続ける女性に視線を向け―――
――――――え?
あり得ぬものを目にして、そのまま固まった。

あ・・・え、何?

何だ、それ・・・?

熱心に奉仕を続ける女性の顔と手の間から覗くソレ―――

男の陰嚢は、赤黒く、はち切れんばかりに腫れ上がっていた。

ひっ・・・・・・!?
―――あ、ん・・・

あまりの出来事に、思わず後ろに跳びすさる。

それと同時に、思いがけず愛撫の対象を取り上げられた女性が、小さく嬌声を漏らした。

お前・・・何だ、何をした・・・!?

ヤバい病気・・・!?

病気持ちか、コイツ・・・!


いやまて、何かおかしい。

病気だと・・・?


こんな即効性の病気があるものか?

・・・毒か何かか?


―――いや違う、良く考えろ。


全然痛くないのは何でだ?

こんなに赤黒く、大きく腫れあがってるのに、痛みを感じないものなのか?



感覚が麻痺しいているわけでもない。

彼女の愛撫による快楽は、ずっと続いていたのだから。

―――では何だ?


そうだ、良く見てみろ・・・



・・・これは、本当に腫れ上がっているのか?

ま、さか、な・・・

・・・見覚えはある。

思い当たる節は、確かにあった。


馬鹿げた考えではあったが、それを確認すべく、彼は恐る恐る自らの股の間に手を伸ばし、その感触を確かめた。

は、は・・・そんな、馬鹿な、な・・・





―――彼の陰部は、桜の果実と化していた。
うふふふ・・・

う、わぁぁぁあ、

―――っあ!?

ゆっくりと近寄ってきた女性から反射的に逃げ出そうとするも、足がもつれて転んでしまう。

―――今日は楽しい収穫祭♪

今日は嬉しい収穫祭―――♪

や、やめろ、やめろやめろ!

何なんだ・・・近寄るな!

腰を抜かして地に這いながら、男は必死に追い払おうとするがが、女性は意にも解さず男の前までやってきて、覆い被さるように屈みこんだ。

―――My greatful day♪

Your greatful day―――♪

な、ん―――

―――安心して。

私の望む「最高のチェリー」じゃなかったら・・・


いっこは残しておいてあげるから。

ひ――――――

男にできる最後の抵抗は、か細く呻くだけであった。

ぶちぶちぶちぃ―――!
ぎ―――!!!
―――「果実」をもぎ取られた激痛は、男の意識を刈り取った。

ふふふ・・・

さぁて、どうかしら・・・?

手にした果実を口に含む。

ねっとりと舌の上で転がし、弄び、そして優しく噛み締めた。


唇から、白く濁った果汁が滴り落ちる。

とっても濃い味・・・

酸味も効いてて、口の中に残る風味、後味も素晴らしいわ。


―――確かに美味しいのだけれど・・・

残念、これじゃあなかったわね。

・・・・・・

混濁し、薄れた意識の中で彼女の言葉がぼんやりと聞こえた。



―――ああ良かった、これでもう終わりだ。



確かに彼女は言った。

彼女の望むものでなければ、もう一つは見逃してもらえると。


でも・・・


もうひとつの方はどうかしら?

は・・・・・・







―――そして。

二度目の激痛は、彼の命を刈り取った。







夜の街に、静かに歌が響き渡る。






―――今日は楽しい収穫祭

今日は嬉しい収穫祭―――






屋上には、打ち捨てられた収穫済みの男の死体。


女性の姿は、もうすでにそこにはなかった。






―――貴方のチェリーは

甘いの酸いの美味しいの―――?






どうやら、今夜の果実も彼女の望みを満たすものではなかったようだ。






―――今日は楽しい収穫祭

今日は嬉しい収穫祭―――






楽し気な、収穫を祝う歌。

この歌が聞こえたのなら、すぐにその場を立ち去ることだ。






―――My greatful day

Your greatful day―――






―――うふふふふ・・・

何故ならば―――


そこは彼女の素晴らしい果樹園。

狩られる果実はそう、貴方自身なのだから・・・







So it's―――

 greatful harvest ♪

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