果樹園の主
文字数 5,444文字
一人は落ち着き払い余裕をもって、もう一人は落ち着きなく浮かれた様子で。
その容姿からか、引き込まれる話術なのか、とにかく女を落とすことにかけては人並み外れたものをもっていた。
あるいはそれは、女の本質を見抜く、落とせる女をかぎ嗅ぎ分ける―――
ある種の特殊な才能だったのかもしれない。
もはや通常の行為では興味も沸かず、色々と試しているところである。
先程の会話のとおり、今日は精力的かつある程度のルックスを備えた友人を巻き込み、女5人と劣情を交わすことになっている。
女という果実を摘み取り、楽しみ、味わい尽くす。
彼はこの果樹園の支配者なのだ。
不意に視界に入ったものに目を奪われる。
人混みの隙間を抜い、偶然開けた視界の中、ふとお互いの目があった―――
そんな気がした。
それにつられて男が視線を外したのはほんの一瞬だったが・・・
視線を戻したときには、すでに女は姿を消していた。
しかも、ひときわ目立つ青い服を着ていた。
見失うはずはない。
あたりを見回すと、通りの先の細い角を曲がる姿が目に留まった。
明確な答えは男の頭には浮かばなかった。
ただひとつ漠然と―――
幾多の女を手玉にとり、喰らってきた男の勘が囁いていた。
あれは普通の女じゃない。
今逃せば、恐らく一生出会えないほどの上玉だ。
今さら、良くも知らない女一人をと、疑問に思うのも無理はない。
だが・・・
男は躊躇いなく後を追う。
階段を登っていく足音が聞こえる。
こちらは足音を立てないよう、ゆっくりと歩みを進める。
一体どこを目指しているのか。
女性はどんどん上へと登っていく。
途中の階の様子を窺うと、いくつかの看板は出ていたが、中に人がいるのかどうかすら分からないほどに寂れた雰囲気であった。
明らかに普通ではない。
何よりも、目的が分からない。
あの女は、確かに自分と目が合っていた。
・・・何かしらの理由で誘い込まれたのか?
行くか、降りてくるのを待つか・・・
だが、万が一飛び降り自殺をするために登ってきたのだとしたら、迷っている暇はない。
僅かな間に男が思案を巡らせているところに、歌が聞こえてきた。
それにより警戒心が薄れたのか、男は扉を開き、屋上へと登っていった。
屋上には、女性ひとりであった。
柵に手をかけ、その隙間から夜の街を見下ろしながら歌っていたようだ。
これ幸いにと、男はその流れに乗ることにした。
女性の隣に歩み寄り、一緒になってビルから夜景を見下ろした。
どうやら、普通に話は通じるようだ。
これで、ただの異常者だったら目も当てられない。
その言葉には、素直に共感を感じる。
もっとも男の場合は下卑た思惑で、であるが・・・
今日は楽しい収穫祭
今日は嬉しい収穫祭
貴方のチェリーは
甘いの酸いの美味しいの?
今日は楽しい収穫祭
今日は嬉しい収穫祭
My greatful day
Your greatful day
So it's greatful harvest―――
歌の雰囲気からは民謡か何かかと思われた。
だが、男は聞いたこともない歌詞である。
英語が混じっているところからも、外国のものなのかもしれない。
そして再び歌を続ける女性。
・・・何てことはない、ちょっと不思議の入った天然系だ。
男はそう判断した。
―――ならば手玉に取るのはわけはない、と。
この街の、果樹園の主を前に、収穫を讃える女の歌。
何とおあつらえ向きなのだろう。
「収穫されるのはお前だがな」と、思わず不敵な笑みがこぼれる。
ええ、とっても。
―――昔、とっても美味しいチェリーを頂いたことがあるの。
それはとっても甘くて酸味があって・・・
あの味が忘れられなくて、あれをもう一度、味わいたくて・・・
でもダメね、なかなか出会えないの。
思い出の味ですか。
よく聞きますよね。
子供のころに食べた美味しいものが、大人になってから食べてみたらがっかりだった、なんて話。
味覚が大人になったからなのか、それとも本当にその味自体が落ちてしまっているのか。
その食べた状況によって、本来よりも美味しく感じていた―――
何てこともあるみたいですね。
―――そうして。
女性は男の股に手を伸ばす。
不思議系とは踏んでいたが、これは想定外であった。
このまま身を任せていいものか?
一瞬、男が躊躇する。
が―――
それは撫で上げるよりも更に浅く、か弱く、触れるか触れないかのぎりぎりのライン。
まさに紙一重の愛撫であった。
そこには淫靡なものはなく、ただただ無邪気なものに感じられた。
今までにも、こういった技術に秀でた女性との経験はあった。
だが、この女性の愛撫には何か、深い愛情―――大切なものを慈しむような、いとおしさを込めた何かを感じた。
そして、それが今までに感じたことのない快楽を男に与えていた。
間違いない、この女はヤバい。
だが、それが男に危害を加えるものか、ただ、悦楽を与えるだけものなのか。
男の理性と欲望が葛藤する。
男のそれに指を絡め、撫で擦り上げ、頬を摺り寄せ、口づけを交わす。
女性は歌いながら、ただひたすらに優しく愛撫を続けていく。
だが・・・
それが男に与える快楽は相当のものではあったが、それでは到底満足いかない。
男の肝心な部分は、既に限界までいきり立っていた。
熱心に奉仕を続ける女性の顔と手の間から覗くソレ―――
男の陰嚢は、赤黒く、はち切れんばかりに腫れ上がっていた。
あまりの出来事に、思わず後ろに跳びすさる。
それと同時に、思いがけず愛撫の対象を取り上げられた女性が、小さく嬌声を漏らした。
ヤバい病気・・・!?
病気持ちか、コイツ・・・!
いやまて、何かおかしい。
病気だと・・・?
こんな即効性の病気があるものか?
・・・毒か何かか?
―――いや違う、良く考えろ。
全然痛くないのは何でだ?
こんなに赤黒く、大きく腫れあがってるのに、痛みを感じないものなのか?
感覚が麻痺しいているわけでもない。
彼女の愛撫による快楽は、ずっと続いていたのだから。
―――では何だ?
そうだ、良く見てみろ・・・
・・・これは、本当に腫れ上がっているのか?
・・・見覚えはある。
思い当たる節は、確かにあった。
馬鹿げた考えではあったが、それを確認すべく、彼は恐る恐る自らの股の間に手を伸ばし、その感触を確かめた。
男にできる最後の抵抗は、か細く呻くだけであった。
手にした果実を口に含む。
ねっとりと舌の上で転がし、弄び、そして優しく噛み締めた。
唇から、白く濁った果汁が滴り落ちる。
混濁し、薄れた意識の中で彼女の言葉がぼんやりと聞こえた。
―――ああ良かった、これでもう終わりだ。
確かに彼女は言った。
彼女の望むものでなければ、もう一つは見逃してもらえると。
―――そして。
二度目の激痛は、彼の命を刈り取った。
―――今日は楽しい収穫祭
今日は嬉しい収穫祭―――
屋上には、打ち捨てられた収穫済みの男の死体。
女性の姿は、もうすでにそこにはなかった。
―――貴方のチェリーは
甘いの酸いの美味しいの―――?
どうやら、今夜の果実も彼女の望みを満たすものではなかったようだ。
―――今日は楽しい収穫祭
今日は嬉しい収穫祭―――
楽し気な、収穫を祝う歌。
この歌が聞こえたのなら、すぐにその場を立ち去ることだ。
―――My greatful day
Your greatful day―――
何故ならば―――
そこは彼女の素晴らしい果樹園。
狩られる果実はそう、貴方自身なのだから・・・
So it's―――
greatful harvest ♪