四 商い

文字数 1,039文字

「藤五郎。祖母ちゃんの家で、商いをしてみようか」
 食後、トキは藤五郎とともにお茶を飲みながら、藤五郎に商いへの興味を確かめた。強要はしなかった。本人が興味を持たねば、何をさせても身につかない。その事をトキはわかっていた。

「伯父さんといっしょにするのかい」
「ああそうだよ」
「伯父さんの商いは、つまんないよ。だって品物がなくって証文ばっかだよ。
 証文が品物や銭に変るのはわかるけど、やっぱり品物と銭をとりかえる商いの方が、おもしろいよ」
「そうだね。物と交換するために銭があるんだ。
 証文の意味は、まだ難しいねえ」

「お祖母ちゃんは小さいときに、どう思ったの」
「藤五郎と同じだったねえ。
 あんな約束事を書いた紙切れが、どうして銭や品物に交換できるのか、それはそれは、ふしきだったよ」
「お祖母ちゃんも、そうおもったんだね」
「そうだよ。それはそれは、ふしきだったよ」

「でも、どうして証文だけで商いができるんだろうね」
「証文には、約束事が書いてあるんだよ。
 守らなければ役人が来て捕まえて、約束を守らせるようにするんだよ。
 そしたら、約束を守るだろう」
「うん・・・」
 藤五郎は納得していなかった。

 やっぱり、品物を買ってもらって銭をもらうのがいい。証文は銭の重みがない。そして、証文が燃えたら、どうなるのだろう・・・。
「お祖母ちゃん。証文を無くしたらどうなるの。証文が燃えたらどうなるの」
 藤五郎はふしぎだった。

「燃えたら、銭も、品物ももらえなくなるよ」
「そしたら、品物を買ってもらって、銭をもらうのがいいね。
 大人はどうして、そんな、あぶない事をするんだろうね」
 この藤五郎の言葉に、トキは返す言葉を無くしていた。まさに藤五郎の言うとおりだ。

 商いの証文は信用が頼りだ。いくら銭があって品物があっても、商いの信用がなければ、証文による商いはできない。それは品物と銭を交換する場合も同じだが、直接、銭と品物を交換する場合と違い、証文を交す商いは、品物の受取りや銭の払いは後日になる。しかも品物と銭を直接交換するのではなく、証文に従って支払いや受けとりが成されるのである。

 品物を受けとったまま、銭を払わなぬ場合も往々にして生ずるから、そのような場合、香具師などに依頼して徒党を組んで脅してもらい、品物を受けとったまま支払いを渋る顧客に銭を支払わせるのが、商家の裏の顔でもある。

 まさに、田所町の廻船問屋の亀甲屋と、日本橋界隈の裏世界を牛耳っている香具師の元締の藤吉の関係はそういう関係だった。
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