01
文字数 1,544文字
多分、暫くは憂鬱だ。暫く、頭の中の暗雲はどこにも散歩してくれないだろう。そう思ったら、「曇り空が続くでしょう」という言葉が毎朝聞いているお天気お姉さんの声でふと再生されて、笑いをすっ飛ばして心の中で苦笑だ。最早。
今、季節は梅雨を通り過ぎた夏。外を歩いている真っ只中、体中には茹だるような熱が隙なく纏わりついている。それにプラス、右肩にぶら下がる通学鞄の重さが体にのしかかる。今朝は学校に置いていきたいものがあったから重かったのは分かるが、荷物を置いてきた今の方がずっと重く感じるのは何故だろう。鬱陶しい、と思ってまた憂鬱になる。と思って「鬱」という字が重なるのを想像しただけで溜息が出る。
こんな下らないことですら溜息が出るほどには、私は落ち込んでいた。
よーく分かったのだ。自分が直面させられた「もの」がどれだけ重要なことかを。かつて想像していたよりも遥かに「重い」ことだったということかを。分かっていたつもりだったけど、結局それは「フリ」に過ぎなかったのだ。頭の中の雲がうねり、たちまちに私を包み込んでそこはいつの間にか水中になる。まるで海の底へ沈んでいくかのようだ。何も見えないし、何も分からない。だけど時間がない。それが辛い。
海面へ顔を出すには、自力で上を目指して泳がなくてはいけない。だけど、今の私にはその目指すべき上の方向が認識できないのだ。下に向かって沈んでいることは分かっていても。このまま沈んでいったら、私はどうなるのだろう? もしかしたら海底なんてどこにもなくて、ひたすら沈み続けるだけなのではないか?
そこまで考えて、ぱたりとやめた。果てしなくて今から疲れたからだ。
ふと、目線の先に小さな石ころがあるのを捉えた。これを蹴っ飛ばしたら、海は割れて、雲もいなくなって、何かが見通せるようになるだろうか。しょうもない占いに情けないほどわずかな希望をかけて、私は石を蹴った。しかし、足が上手く当たっていなかったのだろう。石は変な方向に少しだけ移動しただけだった。着地と同時に、乗せていた希望は指先から落下した金平糖のようにあっという間に砕け散った。
――はぁ、上手くいかないなぁ。
絶望。これば絶望なのだ。私は紛れもなく絶望しているのだ。なんて開き直ってみたところで、何かが変わるわけでもない。このまま時間が過ぎるのを待ってみたとしても、必ずその時は来てしまうし、避けられない。それが辛かった。
一体、こんなに少ない時間の中で、何をどうしろと。
「アカリちゃーん!」
「あか姉ー、あたしとも遊んでー!」
そんなどんよりとした頭のなかにふと、カラフルで無邪気な子どもの声が差し込んできた。パッと顔を上げると、そこは家の目の前の広い公園だった。普段は公園の脇の道を通って家に帰っていたが、ぼんやりながら歩いていたせいか、角を一つ間違えて曲がったらしい。だが、そのくらいで所要時間が大きく変わるわけでもない。そこは気にしないで進むことにする。
それよりもその子どもが発していた言葉、「あかり」。その名前で浮かぶのはただ一人だった。そういえば、かつて高校生だった頃の彼女は、こんな感じの時期をどう過ごしてきたのだろう。そう思ったら、彼女と話したくなった。
連絡先は知っているし、久しぶりに連絡してみようかなぁ……。
「あれ、もしかしてマツリちゃん?」
脳内の彼女が話しかけてきたのかと錯覚したが、そんな馬鹿なことはない。一瞬の間を置いて、その声が現実世界のものであることに気付く。そして「マツリ」が「茉莉」に変換されてようやく、私はその声の主の方向に振り向いた。
「あ、明星 お姉ちゃん!?」
近所の子どもたちが慕っていた彼女は、紛れもなく私が求めていた明星お姉ちゃん本人だったのだ。
今、季節は梅雨を通り過ぎた夏。外を歩いている真っ只中、体中には茹だるような熱が隙なく纏わりついている。それにプラス、右肩にぶら下がる通学鞄の重さが体にのしかかる。今朝は学校に置いていきたいものがあったから重かったのは分かるが、荷物を置いてきた今の方がずっと重く感じるのは何故だろう。鬱陶しい、と思ってまた憂鬱になる。と思って「鬱」という字が重なるのを想像しただけで溜息が出る。
こんな下らないことですら溜息が出るほどには、私は落ち込んでいた。
よーく分かったのだ。自分が直面させられた「もの」がどれだけ重要なことかを。かつて想像していたよりも遥かに「重い」ことだったということかを。分かっていたつもりだったけど、結局それは「フリ」に過ぎなかったのだ。頭の中の雲がうねり、たちまちに私を包み込んでそこはいつの間にか水中になる。まるで海の底へ沈んでいくかのようだ。何も見えないし、何も分からない。だけど時間がない。それが辛い。
海面へ顔を出すには、自力で上を目指して泳がなくてはいけない。だけど、今の私にはその目指すべき上の方向が認識できないのだ。下に向かって沈んでいることは分かっていても。このまま沈んでいったら、私はどうなるのだろう? もしかしたら海底なんてどこにもなくて、ひたすら沈み続けるだけなのではないか?
そこまで考えて、ぱたりとやめた。果てしなくて今から疲れたからだ。
ふと、目線の先に小さな石ころがあるのを捉えた。これを蹴っ飛ばしたら、海は割れて、雲もいなくなって、何かが見通せるようになるだろうか。しょうもない占いに情けないほどわずかな希望をかけて、私は石を蹴った。しかし、足が上手く当たっていなかったのだろう。石は変な方向に少しだけ移動しただけだった。着地と同時に、乗せていた希望は指先から落下した金平糖のようにあっという間に砕け散った。
――はぁ、上手くいかないなぁ。
絶望。これば絶望なのだ。私は紛れもなく絶望しているのだ。なんて開き直ってみたところで、何かが変わるわけでもない。このまま時間が過ぎるのを待ってみたとしても、必ずその時は来てしまうし、避けられない。それが辛かった。
一体、こんなに少ない時間の中で、何をどうしろと。
「アカリちゃーん!」
「あか姉ー、あたしとも遊んでー!」
そんなどんよりとした頭のなかにふと、カラフルで無邪気な子どもの声が差し込んできた。パッと顔を上げると、そこは家の目の前の広い公園だった。普段は公園の脇の道を通って家に帰っていたが、ぼんやりながら歩いていたせいか、角を一つ間違えて曲がったらしい。だが、そのくらいで所要時間が大きく変わるわけでもない。そこは気にしないで進むことにする。
それよりもその子どもが発していた言葉、「あかり」。その名前で浮かぶのはただ一人だった。そういえば、かつて高校生だった頃の彼女は、こんな感じの時期をどう過ごしてきたのだろう。そう思ったら、彼女と話したくなった。
連絡先は知っているし、久しぶりに連絡してみようかなぁ……。
「あれ、もしかしてマツリちゃん?」
脳内の彼女が話しかけてきたのかと錯覚したが、そんな馬鹿なことはない。一瞬の間を置いて、その声が現実世界のものであることに気付く。そして「マツリ」が「茉莉」に変換されてようやく、私はその声の主の方向に振り向いた。
「あ、
近所の子どもたちが慕っていた彼女は、紛れもなく私が求めていた明星お姉ちゃん本人だったのだ。