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文字数 1,714文字

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「あー、そっか! 高校までは九月から学校始まるもんね、懐かしいなぁ。授業お疲れ様でした」
 公園内に一つだけ設置された自動販売機で、私たちは百五十円のペットボトルを購入した。ここまで暑い中を歩いてきたから、大容量且つ水分補給にベストであろう麦茶を選んだ。一方の彼女の選択は水で、「お互いに健康志向か」と思わずツッコミを入れたくなった(が、あまりにも思考が単純なので心の中で)。
 彼女は私の制服を見るなり「え、茉莉ちゃん今いくつになったんだっけ!?」から始まり、楽しそうに冒頭のリアクションをしながら、日陰寄りのベンチへ移動していく。歩きながら麦茶を飲み、その後は首筋にペットボトルを当てた。ひんやりした温度が絶妙で気持ち良い。
「明星お姉ちゃんは今休みなの? 確か大学生、だよね……?」
「そうそう、今は三年! 大学はほぼ八月から夏休みで、一か月半くらいはずっと休みだよー」
「えー、いいなぁ」
「でも夏休み期間は高校までと然程変わんないよ! 二月からの春休みの方がめちゃくちゃ長いもん」
 彼女――明星お姉ちゃんは、私と同じマンションに住む、五つ上の知り合いだ。「知り合い」というとなんだか距離が遠いように感じるが、「友達」というのもしっくりこない。元々年上なことに加え、彼女は昔から勉強が得意だったので、私はよく勉強を教えてもらっていた。実に頼りになる存在だ。だから、紹介する時は大体「知り合いのお姉ちゃん」。
 そんな頼りになるお姉ちゃんは、今ではこの公園に集う子どもにとってのお姉ちゃんにもなっていたらしい。ちょっと寂しいような、でもなんだか嬉しいような。ただ、今はそのお姉ちゃんを独占している状況なので、そこにプラスして申し訳なさもあったりする。まぁ、当の本人たちは皆だけで楽しく遊んでいるみたいだが。
 ……今は、それをありがたく受け取ることにしよう。私は口を開いた。
「ねぇ、明星お姉ちゃん」
「ん、何?」
「私、この先自分が何したいか分かんなくて、今めっちゃ悩んでるんだよね」
 多分、感情が思い切り体全体に現れていたのだと思う。私は自分の足先を見ながらでしかそう話せなかった。そういえば、過去にも自分の悩みを話す時、いつも俯いて話していたような気もする。だから彼女の表情や仕草は全く見えなかったが、割とすぐに「あぁ、そっか!」と声が飛んできて、少しホッとした。
「そういや、一貫校だと一年の時点でもう進路の話飛んでくるもんねぇ。そっか、茉莉ちゃんも大学とか考える時期になったんだ。そりゃ私も年取るわけだー」
「えぇ……明星お姉ちゃんだって二十歳でしょ?」
「年末には二十一だよー。それにしても、タイミングは似たんだね。私も就活がぼちぼち迫ってきてるし、茉莉ちゃんの気持ちはタイムリーに分かるよ」
「あ、そっか就活……!」
 私がハッとしたようにそう反応すると、「まぁ私の話は別にいいんだけどー」と明星お姉ちゃんは笑った。
「ん-、そうだなぁ。将来の夢……はあったら悩まないよね。目標みたいなものとかは? 『こういう感じのことはいつかやりたい』とかでもいいけど」
「それがさぁ、本当にそれすら見当たらなくて……」
「そうなの? 茉莉ちゃん、小さいときは『CAになりたい』とか『パティシエになる!』とか色々言ってたから、なんか意外だねぇ」
「そりゃあの頃は無邪気だったし単に夢で良かったし……今は中々に現実がねー……」
 はぁあ、と思わず大きく溜息をついた。すると、先程から聴こえていた子どもたちのはしゃぎ声に紛れて、横で明星お姉ちゃんが小さく苦笑していた。ペットボトルの水を一口飲んだ彼女が再び口を開いた。
「……でも、私もそうだったよ」
「えっ?」
「高校生の時の進路希望」
 中身がこぼれないようにキャップを閉めながら、明星お姉ちゃんは続けた。
「茉莉ちゃんにはさっきああ言ったけど、私だって同じ。小さい時はあれなりたいこれなりたいって好き勝手言えたのに、高校生になって『じゃあ進路希望を書いて下さい』って言われた時は、本当に何も浮かばなかったよ」
 どこからか生温い風がやってきて、私たちの間を通り過ぎながら髪を揺らす。
 私はふと、学校での出来事を思い出す。
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